バレーボール全日本女子国または地域 日本
協会日本バレーボール協会
監督柳本晶一
オリンピック出場回数9回
初出場東京 1964
最高成績金メダル(1964年、1976年)
世界選手権出場回数13回
初出場1960世界選手権
最高成績金メダル(1962年、1967年、1974年)
アジア選手権最高成績優勝(1975年、1983年、2007年)
FIVBランキング5位(2008年7月14日版)
■Template(■フォーマット)■ナショナルチームtempバレーボール全日本女子(2007年ワールドカップ)
バレーボール全日本女子(バレーボールぜんにほんじょし)とは、夏季オリンピック等の国際大会出場時に編成される、日本の女子バレーボール代表チームの名称。通称全日本。
目次
1 概要と特徴
2 歴史
3 過去の成績
3.1 オリンピックの成績
3.2 世界選手権の成績
3.3 ワールドカップの成績
4 代表メンバー
5 歴代監督の一覧
6 参考文献
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概要と特徴
ユニフォーム
1990年ごろまでは日の丸を連想する赤と白のユニフォームが定着していたが、1991年には赤、青、深緑、黒を基調にした4パターンのユニフォームが登場した。1995年にこれまで定番であったブルマーに変わりスパッツタイプが登場した。2003年にはノースリーブ型が登場し、2006年にはシャツの着丈とパンツの股上が短くなりよりセクシーになった。
プレイスタイル
守備力重視のユニチカ仕込みのバレー。1996年のアトランタオリンピック敗退後、高さ重視のバレーで戦っていたが、主力選手の度重なる怪我・首脳陣の知識不足(守備力重視のスタッフぞろい)などあり方向転換した。現在は守備力+スピードである。 この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。
チーム概観
長らく世界のトップに君臨していたが、2007年11月16日発表のFIVBランキング8位の位置につけている。監督の所属チームに在籍する選手、気に入られた選手は全日本に入ることができるが、監督に嫌われている選手は全日本に入ることができない傾向が一部見られる。[要出典]前監督吉川正博は世界選手権13位タイというワースト記録を更新。現在の監督柳本晶一になりベテラン吉原や佐々木を復帰させるなどして2004年のアテネオリンピックに出場するが、依然として古い日本バレーの体質が変わらず世界のデータバレーから置いていかれる厳しい状況が続いている。[要出典]
日本が初めて世界大会に挑戦したのは、1960年の第3回バレーボール世界選手権である。日本は予選リーグを全勝で通過し、決勝リーグに進出した。決勝リーグも強豪国を撃破し、ソ連(現:ロシア)からは1セットを奪い初出場ながら銀メダルを獲得した。
1962年の世界選手権は日紡貝塚による単独チームによる出場で金メダルを獲得。