バハーイー教(ばはーいーきょう)は、19世紀半ばにイランでバハーウッラーが創始した一神教である。イスラム教の十二イマーム派のマフディー(救世主)の予言に基づくバーブ教の新たなる予言に基づき発展したものだが、バーブ教と違い今やイスラーム教とは全く異なった宗教となった。イランでは初期から布教を禁止され、バハーウッラーと信者はイランからイラク、トルコを経て、当時オスマン帝国の牢獄の町アッカ(今日のイスラエルの町)へと追放され、投獄生活ののち放免され、そこで一生を終えたため、今日ではイスラエルのハイファにあるカルメル山本部を持つ。現在はブリタニカ百科事典によるとキリスト教に続き世界で二番目に広大な広がりを見せている宗教である。なお、ペルシア語の発音に即して「バハーイー」と日本語表記されることが多いが、日本のバハーイー共同体は「バハイ」と呼んでおり、「バハイ教」「バハウラ」「バハイ信教」とも表記される。
目次
1 教義
2 歴史
2.1 バーブ
2.2 バハーウッラー
2.3 アブドゥルバハー
2.4 ショーギ・エフェンディー
2.5 バハーイー共同体運営機構の確立
3 ムスリムによる圧迫
4 参照
5 関連項目
6 外部リンク
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バハーウッラー自身の家系、また、その神学の誓約もアブラハムへ遡るところからバハーイー教は基本的にはアブラハムの宗教に含まれるものだが、モーセ、イエス、ムハンマドらに足して、アブラハムの宗教に含まれていないゾロアスター、釈迦などの世界の全ての大宗教の創始者は神の啓示者であり、バハーイー教の創始者バハーウッラーはそれらの最も新しい時代に生まれたひとりであるとされる。この他宗教を排除しない寛容な思想の影響もあり、相手を改宗させる目的での布教活動は禁止されている。
人類の平和と統一を究極の目標とし、真理の自己探求、男女平等、一夫一婦制、科学と宗教との調和、偏見の除去、教育の普及、国際補助語(エスペラント語や英語はバハイからでもなければ、バハイによって承認もされていないが、その指摘からヒントを受け広がったと言われる)の採用、極端な貧富の差の排除、各国政府と法律の尊重(暴力革命の否定)、アルコールや麻薬の禁止などの教義、戒律を持つ。発祥地のイラン、中東に留まらない世界的な普遍宗教としての性格を有する。
バハーイー教には聖職者はおらず、各地のバハーイー共同体は「地方精神行政会」(Local Spriritual Assembly)と呼ばれる。同様に、「全国精神行政会」(NSA)と呼ばれる9メンバーの行政会は、全国バハーイー共同体の事務を指示し調整する役目を負う。その上に万国正義院 (House of Justice) の世界全体を管轄する9メンバーの行政会がおかれる。これらのメンバーは、成人のバハーイー教徒の中から共同体に役立つことができる信徒を互選することになっている。なお、万国正義院、全国精神行政会、地方精神行政会への立候補など、選挙運動は禁じられている。
バハーイー教では、バハーウッラーの権威から連続した「聖約」(神との契約)を重視するため、バハーウッラーの後継者アブドゥル・バハーとその後継者および「万国正義院」と呼ばれる現在のバハーイー共同体最高機関の正当性を否定、無視、または、他の個人や機関を正当性のあるバハーイー共同体の機構だと訴える信徒は「聖約を破る人」としてバハーイー共同体から除名されることがある。聖約はバハーイー教の中での枝分かれ、派閥、そして個人の独善的な解釈や自我によって起こりうる組織の分裂を阻止することと啓示と教えを守るためのやむを得ない手段である。
アブドゥル・バハーが進化論を否定し、疑似科学に基づく創造論を主張[1]するなど、反科学的側面も持っている。ただし、他の宗教同様進化論に対する対応は信者によって違い、多様である。
1844年に、イランのシーラーズの商人セイイェド・アリー・モハンマド(バハーイー教では啓示者のひとり)が、イマームと交信する能力があると宣言して、アラビア語で「門」を意味する「バーブ」の称号を名乗った。彼の開いたバーブ教は、実質的にイスラム教から独立した宗教であるとみなされる。シャイヒー派の信徒を中心に多くの十二イマーム派の信徒に支持されたが、イランの十二イマーム派ウラマーたちの強い反発を招き、ガージャール朝政府の弾圧を受けた。バーブ教信徒たちは反乱を起こして抵抗したが鎮圧された。結局バーブは1850年、タブリーズで処刑されるが、信徒たちは今度はバーブが予言した「神が現し給う者」の到来を探し始めた。