ブラックバス (Black Bass) は、スズキ目 スズキ亜目 サンフィッシュ科の淡水魚のうち、オオクチバス、コクチバスなどの総称。特定外来生物。しばしばバスと略される。日本ではかつてクロマスという和名で呼ばれたこともあるが、サケ科のマス類と混同されやすいためその呼称は現在では使用されていない。特に、日本での分布が広く個体数が多いオオクチバスを主に指す場合が多い。食用にもするが、主にゲームフィッシングの対象魚として世界的に人気が高い。昨今、木村拓哉や反町隆史などがテレビ番組でバスフィッシングを見せるなどして人気が出た。ブラックバス釣りの愛好家は、バサー (Basser) と呼ばれる。
ブラックバスという呼称自体はもともとコクチバス(スモールマウスバス)の幼魚期の体色が黒いことから慣習的に呼ばれるようになった名称である。 (各種の生態はオオクチバス、コクチバスを参照。)
目次
1 生態
2 バスフィッシング
3 日本での分布と歴史
3.1 歴史
3.2 分布拡大の要因
4 ブラックバス問題
4.1 ブラックバス問題に関連する議論
4.2 輸入等の禁止
5 駆除
6 海外
7 経済魚としてのブラックバス
8 食用としてのブラックバス
9 脚注
10 関連項目
11 参考文献
12 外部リンク
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成魚では全長は30-70cm。オオクチバスは、湖や池、沼などの沿岸部にすみ、大きくなると単独生活することが多い。 産卵期は5~7月で、水温が15℃に達したとき、満月か新月の日に順次産卵を行う。水深0.5〜2mの砂礫の水底に直径40cm程度の産卵床を作りメスを誘い入れて産卵する。その後、オスが卵と孵化仔魚を約1か月間保護する。
ブラックバスは、体長の割に引きが強いことや、季節によって一定のパターンをもって行動することから、釣りの対象魚として人気がある。日本で50cm以上の物は「ランカーサイズ」としてバサーを魅了する。
疑似餌(ルアー)を使っての釣りが一般的。他にエビやドジョウなどを餌にした釣り方が知られる。
ルアーを使った釣りには一定のルールの下に行われるトーナメントと呼ばれる競技会があり、プロフェッショナルのバス釣りが存在する。競技会では基本的に、各参加者が一定時間内に釣り上げたブラックバスの中から、一定の匹数の合計重量を競い、勝敗を決めるのが主流。プロ選手はバスプロ(バスフィッシングプロ)と呼ばれる。代表的なプロ選手としては今江克隆、下野正希、田辺哲男、清水盛三 等。
国内にJB, WBS, JBCC, TBC等のプロトーナメントの開催団体がある。また、アメリカのプロ団体BASSツアーやFLWツアー等では大森貴洋、深江真一、清水盛三などの日本人選手が活躍している。
また、反町隆史、小池徹平、速水もこみち、今江敏晃、矢野輝弘、関本賢太郎など、バスフィッシングが好きな芸能人・スポーツ選手も多い。
歴史
1925年、実業家赤星鉄馬がアメリカのカリフォルニア州からオオクチバスを持ち帰り、箱根の芦ノ湖に放流したのが最初とされる(約90匹)。これは食用、釣り対象魚として養殖の容易な魚であることから政府の許可の下に行われた試みであった。
1930年代、長崎県白雲池(1930年)、山梨県山中湖(1932年)、東京にある私邸の池(1933年)、群馬県田代湖(1935年)、兵庫県峯山貯水池(1936年)などへ試験的に放流
1936年、この時期までオオクチバスの分布は5県。
1945年〜 進駐軍(在日米軍)による部分拡散(相模湖・津久井湖など)。
1965年、芦ノ湖の漁業権を管理する神奈川県、ブラックバス(オオクチバス、コクチバスその他のオオクチバス属の魚をいう)およびその卵も含め、移植を禁止(神奈川県内水面漁業調整規則第30条の2)。
1970年代、魚食性が強いため、生態系(在来生物層)への影響およびこれによる漁業被害が問題視されるようになり、漁業調整規則で無許可放流が禁止されるようになったが、その後も人為的な放流により生息域を拡大。
1971年、千葉県東金市の雄蛇ガ池に移植。
1972年、釣り具輸入業者のツネミ・新東亜グループによって米国ペンシルバニア州からバス(ラージマウスバス)稚魚が神奈川県芦ノ湖に移植。一部は関西方面に運ばれ、兵庫県東条湖、愛媛県石手川ダムなどに移植。