大韓民国の政党
ハンナラ党(大いなる国党)
????(ハンナラダン)
(Grand National Party)
代表朴ヒテ
院内代表洪準杓
成立年月日1997年11月21日
所在地
ソウル市
国会171 / 299
(2008年8月現在)
政治的思想・立場保守、中道右派
公式サイト ⇒????
国際組織国際民主同盟
表・話・編・歴
ハンナラ党(ハンナラとう、1997年11月21日 ‐ )は、1997年に結成された韓国の保守政党で、2008年2月に就任した李明博韓国大統領の与党。ハン・ナラは「大いなる国」または「一つの国」という意味。李明博政権発足直後の国会では統合民主党に次ぐ第二党だったが、2008年4月9日の総選挙で勝利し、院内第一党の座を4年ぶりに奪還した。
政治思想としては軍事政権の流れを汲む親米保守系議員が多い。そのため比較的親日的とされ、前の盧武鉉政権を左翼と呼び対立していた。支持地盤は民主正義党・民主自由党・新韓国党時代から一貫して韓国南東部の嶺南(釜山・大邱、慶尚北道・慶尚南道)地方。
目次
1 概要
2 トピックス
3 綱領および政策
4 ハンナラ党が候補を擁立した大統領選挙及び総選挙一覧
5 大統領選挙
6 総選挙
7 脚注
8 関連項目
9 外部リンク
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盧泰愚・金泳三政権で与党だった民主自由党の流れをくむ新韓国党と、金大中が結党に関わりソウル市長を務めた趙淳(チョ・スン)が率いていた統合民主党が1997年11月21日に合同し「ハンナラ党」になった。国会に議席を所有し、且つ現存する政党の中では一番長い歴史を持っている政党でもある[1]。
1997年・2002年の大統領選で、当時総裁だった李会昌(イ・フェチャン)を擁立して戦ったが僅差で敗れた。2004年3月12日に盧武鉉への大統領弾劾訴追案に賛成するが、これによって支持率を大幅に減らしてしまい、崔秉烈代表は退任することになった。起死回生を狙うべく3月23日に臨時党大会を開き、保守層に人気のある朴正煕の娘である朴槿恵を新しい代表に選出した[2][3]。
2004年4月15日の第17代総選挙では121議席の獲得にとどまったが、翌年4月30日に行われた補欠選挙では6選挙区で全勝、つづいて10月26日に行われた同じく補欠選挙でも4選挙区全てで議席を獲得した上で、2006年の統一地方選挙で圧勝し、着実に党勢を回復させつつ次期大統領選へ向け地歩を固め、2007年12月19日に行われた大統領選挙で大統合民主新党の鄭東泳候補らに圧倒的大差をつけて李明博が大統領に当選した。そして、翌年の2008年2月25日に正式に大統領に就任し、10年ぶりに与党に復帰した。続く同年4月9日の総選挙では、ソウル市と首都圏で支持を伸ばし、過半数(150議席)を上回る153議席(地域区131議席/比例区22議席)を獲得し、勝利したが、当初予想されていた180議席近くの大勝には至らなかった。選挙後、米国産牛肉の輸入再開を強行したことに対する李明博大統領への批判が高まった影響で、6月に行なわれた広域自治体議員及び基礎自治団体長と議員を選出するための補欠選挙で敗北[4]した。
7月3日に行なわれたハンナラ党代表選挙で鄭夢準を破って代表に当選[5]した朴ヒテ代表は、4月の総選挙で公認を外され、親朴連帯や無所属で選挙を戦って当選した朴槿恵元代表に近い議員の無条件復党を認めることを正式決定[6]し、同月16日に親朴連帯や無所属の議員19人がハンナラ党に入党した[7]。これにより、国会における議席数は152人から171人に増え、国会で安定多数を確保する運びとなった。
2008年7月16日、汝矣島の党本部で開かれた最高委員会議で、許泰烈最高委員は対馬も韓国領である旨を主張した[8]。