ハノイ
Th? ?? H? N?i
ベトナムの地方行政区画
行政
人民評議会議長Ng? Th? Do?n Thanh
人民委員会委員長Nguy?n Th? Th?o
地理
省都-
地方紅河デルタ
面積921 km?
統計
人口
人口密度3,145,300 (2005)
3,348/km?
民族ベトナム人、ホア族
電話番号4
ISO 3166-2VN-64
公式サイト ⇒[1]
ハノイの街並
ハノイ(ベトナム語: H? N?i, 英語: Hanoi, 漢字: 河内)は、東南アジア、インドシナ半島のベトナム北部に位置する同国の首都。地名の河内は街が紅河デルタの内にあることに由来する。1997年の人口は約350万人。紅河の右岸にあり、国内の工業の中心地で、農産物の集散地ともなっている。また、一柱寺など史跡も多い。
2008年8月1日から、ハタイ省全域とヴィンフック省メリン県、ホアビン省ルオンソン県がハノイ市に合併されることが2008年5月29日決定した[1]。これにより、ハノイの領域面積は 334,470 ヘクタール、人口は 6,232,940 人となる予定である[2]。
目次
1 歴史
2 行政
3 交通
4 観光
4.1 市内
4.2 近郊
5 スポーツ
6 姉妹都市
7 ハノイを舞台にした作品
7.1 映画
7.2 小説
8 出典
9 外部リンク
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ハノイがベトナムの中心都市となったのは、7世紀頃のことである。唐代には雲南と南シナ海を結ぶ交易路上にあったこともあり、安南都護府がおかれ唐による南方支配の拠点となった。唐末に安南都護府の支配は形骸化し、さらに紅河が当時の海上交易網から外れていったため、その重要性は一時低下した。しかし、11世紀の李朝はこの地を都と定め、農業地帯を統治する拠点とした。李朝の成立以降、1802年に阮朝がフエに都を移すまで王都として繁栄。その間は昇竜(タンロン)、東京(トンキン)など様々な名で呼ばれてきたが、1831年に現在の名称になった。1873年にはフランスに占領され、1887年以降はフランス領インドシナの中心地となった。
1940年、日本軍の仏印進駐により、日本の事実上の占領下となるが、1945年8月にその占領状態は終了し、9月2日にハノイでベトナム民主共和国の独立が宣言された。その後、1946年から1954年の第一次インドシナ戦争においては、ハノイも戦場となり、一時フランス軍が占領した。しかし、ベトナム側が戦争に勝利したことにより、ハノイはベトナム民主共和国(北ベトナム)の首都となった。
ベトナム戦争中は、橋などの交通施設を中心にアメリカ軍の爆撃を受けた。1976年には南北ベトナムの統一に伴い、統一ベトナムの首都となり、今に至っている。
ハノイには9の郡(Qu?n)が設けられているほか、5県(Huy?n)が含まれている。
ホアンキエム郡 (Qu?n Ho?n Ki?m, 郡還剣)
ハイバーチュン郡 (Qu?n Hai B? Tr?ng, 郡?婆?)
ドンダー郡 (Qu?n ??ng ?a, 郡棟多)
バディン郡 (Qu?n Ba ??nh, 郡巴亭)
タイホ郡 (Qu?n T?y H?, 郡西湖)
ロンビエン郡 (Qu?n Long Bi?n, 郡龍邊)
ホアンマイ郡 (Qu?n Ho?ng Mai, 郡黄梅)
タインスアン郡 (Qu?n Thanh Xu?n, 郡青春)
カウザイ郡 (Qu?n C?u Gi?y, 郡橋紙)
トゥリエム県 (Huy?n T? Li?m, 県慈廉)
ドンアイン県 (Huy?n ??ng Anh, 県東英)
ザラム県 (Huy?n Gia L?m, 県嘉林)
タインチ県 (Huy?n Thanh Tr?, 県青池)
ソクソン県 (Huy?n S?c S?n, 県朔山)
交通
ノイバイ国際空港(内排国際空港)
ハノイ駅(鉄道)…ベトナム第一の商業都市であるホーチミン市(胡志明市)へと向かう統一鉄道の他、中華人民共和国(昆明・南寧方面)へと向かう国際列車も運行されている。
市民はカブ・スクーターを生活の足としている。
2002年頃より市バス網の整備を充実させ、2004年には41路線687台を整備したが、まだ需要に追い付いていないのが現状である。