ハサナル・ボルキア
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ハサナル・ボルキア
Hassanal Bolkiah
ブルネイ国王
2002年ペンタゴン訪問時のハサナル・ボルキア国王
在位1967年10月5日 -
戴冠1968年8月1日
別号ブルネイ・ダルサラーム国首相
全名ハジ・ハサナル・ボルキア・ムイザディン・ワッダラー
出生1946年7月15日(62歳)
ブルネイブルネイタウン
王太子アル=ムタデー・ビラ王子
配偶者ペンギラン・アナク・サレハ第1王妃
 アズリナ・マズハル・ハキム第2王妃
子女別記
王室歌国王陛下に神のご加護を
父親オマール・アリ・サイフディン3世
母親ペンギラン・アナク・ダミト
 ・話・編・歴 
軍を視察中のハサナル・ボルキア国王。

ハジ・ハサナル・ボルキア・ムイザディン・ワッダラー(Haji Hassanal Bolkiah Mu'izzaddin Waddaulah, 1946年7月15日 - )はブルネイ・ダルサラーム国の現国王(スルタン)で、第29代に当たる。日本では「ハサナル・ボルキア国王」の呼称が主に用いられる[1]首相国防相蔵相を兼任し、ブルネイの国体下において、事実上の絶対君主と言える強大な権限を有している [2]

また、世界各国の君主の中でも有数の資産家としても知られている。
目次

1 略歴

2 政策

3 家族

4 資産

5 脚注

6 外部リンク

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略歴

1946年 7月15日、当時のイギリス自治領ブルネイで国王オマール・アリ・サイフディン3世の長男として誕生。

1961年 皇太子となる。

1964年 オマール・アリ・サイフディン・カレッジ入学。

1965年 サレハ王妃と成婚。

1966年 イギリス王立陸軍士官学校へ留学。翌年までをイギリスで過ごす。

1967年 父王の退位に伴い帰国。10月5日、第29代スルタンに即位。

1968年 8月1日、戴冠式が挙行され正式に国王となる。

1970年 大阪万博視察のため初訪日。以後数回の訪日履歴がある。

1974年 2月17日、サレハ王妃との間に後の皇太子アルムタデー・ビラ誕生。

1981年 マリアム第2王妃と成婚(のち2003年に離婚)。

1984年 ブルネイ独立。同時に首相・蔵相・内相を兼任する。

1986年 首相・国防相を兼任。

1997年 現在の首相・国防相・蔵相兼任の肩書に。

2005年 アズリナ・マズハル第2王妃と成婚。


政策

ブルネイの政治も参照のこと

ブルネイの政体は形式上立憲君主制を採ってはいるが、立法においては法律の最終制定権を国王に置き、司法においても裁判官の任命権を国王が有する [3]など、事実上は絶対君主制と言ってよい。ハサナルは独立以来この国王の地位にあり、前述の通り首相国防相蔵相をも兼任し絶大な権限を振るっている。

石油天然ガスの豊富な産出に基づく安定した経済力を背景に、インフラの整備、高福祉政策を実現し、更に公務員の大量雇用によって国民の経済水準を引き上げてきた[3][4]。また公務以外においても、毎年10月の大祭の際には王宮を開放し、国内外からの数万人に及ぶ参列者一人一人と握手を交わす [5]など、国民との融和に努めている。

高い生活水準を享受する国民からの信頼は全般に篤く、毎年7月15日の国王の誕生日には市中に装飾がなされ、国を挙げた祝賀会が催される[6]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki