ネイト・アーチボルト
名前
本名ナタニエル・アーチボルト
愛称Tiny
カタカナネイト・アーチボルト
ラテン文字表記Nate Archibald
英語Nathaniel Archibald
基本情報
国籍 アメリカ合衆国
誕生日1948年9月2日
出身地ニューヨーク州ニューヨーク
身長185cm
体重68kg
選手情報
在籍チームサクラメント・キングス
ポジションガード
背番号1 (永久欠番)
■Template(■ノート ■使用法)■バスケットボールpj
ナタニエル・アーチボルト(Nathaniel Archibald, 1948年9月2日 - ) 通称ネイト・アーチボルト (Nate Archibald) はアメリカ合衆国の元バスケットボール選手である。選手時代は小柄ながらシュート力もありゲームメイクもできるバックコートプレーヤーとして1970年代のサクラメント・キングスの中心選手であり、1980年代前半はボストン・セルティックスのメンバーとして活躍した。その小柄な身体から「Tiny」の愛称で呼ばれた。1991年にバスケットボール殿堂入りした。
目次
1 経歴概観
1.1 カレッジ時代
1.2 キングス時代
1.3 セルティックス時代
2 成績および受賞歴
2.1 通算成績
2.2 主な受賞トピックス
3 関連項目
4 脚注
5 外部リンク
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アーチボルトは生まれ育った地元ニューヨーク市ブロンクスのデウィット・クリントン高校を1966年に卒業した。大学は2年間アリゾナ・ウェスタン・カレッジに通い、その後テキサス-エルパソ大学に通った。テキサス-エルパソ大学ではゲーム平均23.2ポイントをマークし、プロからも注目を浴びる存在になっていった。
卒業後アーチボルトは1970年のNBAドラフトで当時「シンシナティ・ロイヤルズ」の名称だった現在のサクラメント・キングスに2巡目全体2位で指名を受け入団する。1年目のシーズンは平均16.0ポイント、5.5アシストを上げ、翌シーズンは28.2ポイント、9.2アシストをあげるなどの活躍をみせ、キングスの中心選手となっていった。特に3年目となる1972-73シーズンにはゲーム平均34.0ポイント、11.4アシストをあげて、NBAで得点王とアシスト王の2冠を達成した史上初の選手となった。しかし、キングスはチームとしての成績は振るわずにアーチボルトが在籍した6シーズンでプレーオフまで進出したのはわずかに1シーズンのみであった。
1975-76シーズンが終わるとアーチボルトはニューヨーク・ネッツに移籍した。ニックスでも平均20.5ポイント、7.5アシストと活躍したがプレーオフには届かず、翌シーズンは怪我でシーズンを棒に振ってしまう。この怪我以後は以前のような目覚しい成績は上げることが出来なくなってしまったが、1979年にボストン・セルティックスに移籍する。当時セルティックスはラリー・バード、ケビン・マクヘイル、ロバート・パリッシュを擁しリーグを席巻する強豪チームであった。アーチボルトは3人の陰に隠れ目立たなかったが、欠かす事のできない存在としてセルティックスの活躍を支えた。1980-81シーズンにはNBAオールスターゲームに出場しMVPを受賞し、さらにNBAファイナル進出メンバーとなって念願のチャンピオンリングを手にする。その後は1983年にはミルウォーキー・バックスに移籍し1年間プレーをした後、現役を退いた。
アーチボルトは1991年に殿堂入りを果した。また1996年にはNBAの50周年を記念して選ばれた「NBA偉大な50選手」の一人にも選出された。
得点、リバウンド、アシストの成績は下記の通りである。[1]