ニャホ・ニャホ=タマクロー(Dr.Nyaho Nyaho-Tamakloe、1942年5月7日 - )は、ガーナのサッカー協会元会長。また同国の医師で政治家でもある。
目次
1 プロフィール
2 略歴
3 関連項目
4 脚注・出典
5 外部リンク
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ガーナでも「ニャホ」は珍しい名前であり、また同国の名門クラブ、アクラ・ハーツ・オブ・オークの運営でもその手腕を発揮した[1]ことで知られる国民的な有名人であるが、サッカーそのものの経験はほとんどない。フジテレビの番組『トリビアの泉』で紹介されたことで日本でも知名度が上がった。
トリビアの泉で紹介された際に、NHKみんなのうたの「ラジャ・マハラジャー」(作詞:福田三月子、作曲&編曲:吉川洋一郎、歌:戸川純)の替え歌でテーマ曲「ニャホニャホタマクロー」が作られた。歌手は「ニャホニャホ少年少女合唱団」名義。この曲には根強いファンが多い。
2004年にニャホニャホタマクローが協会評議会に対し構造批判を伝えるための私信を出していたが、その私信が協会評議会の反感を買ってしまう。協会評議会がニャホニャホタマクローを告発する議事を作成し始めるが、ニャホニャホタマクローは告発の差し止めを求めていた。だが結局は首都アクラの高等裁判所により、『告発議事を作成し続けることが認められる』という判決が下されてしまい、ニャホニャホタマクローは自らの意思でガーナサッカー協会会長職を辞任した。
2005年11月16日の『トリビアの泉』の放送では、ガーナのワールドカップ出場が決定したとして、再び上記の歌が放送された(ただし「会長」の部分を「前会長」に修正してある)。
略歴
1942年、生誕。
2004年4月、ガーナサッカー協会会長職に就任。
2005年3月23日、日本のテレビ番組『トリビアの泉』にて初めて紹介され、以降2005年5月25日まで同番組のエンディングテーマにニャホタマクローのテーマ曲が使用される。
2005年5月、ガーナサッカー協会会長職を辞任。
2006年8月現在、セルビアのガーナ大使館に所属。
脚注・出典^ ⇒http://www.accraheartsofoak.com/site/pages/executives
外部リンク
⇒Ghana Soccer Page
⇒ガーナのニュース検索 "nyaho-tamakloe"(2004, 2005の記事が多い)
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更新日時:2008年9月19日(金)11:30
取得日時:2008/10/12 11:41