ドン・シュルジー
Don Schulze
基本情報
国籍 アメリカ合衆国
出身地イリノイ州
生年月日1962年9月27日(46歳)
選手情報
投球・打席右投右打
守備位置投手
経歴
シカゴ・カブス(1983 - 1984)
クリーブランド・インディアンス(1984 - 1986)
ニューヨーク・メッツ(1987)
ニューヨーク・ヤンキース(1989)
サンディエゴ・パドレス(1989)
オリックス・ブレーブス・
オリックス・ブルーウェーブ(1990 - 1992)
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ドン・シュルジー(Donald Arthur Schulze , 1962年9月27日 - )は、アメリカ合衆国出身の元プロ野球選手(投手)。
日本での通算打率10割・通算長打率40割という、稀有の記録を有する選手である。この記録は、長い日本プロ野球の歴史の中で、彼と塩瀬盛道の2例しか見受けられない。
目次
1 来歴・人物
2 通算成績
2.1 NPB
2.2 MLB
3 関連項目
4 脚注
5 外部リンク
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1980年にシカゴ・カブスからドラフト指名され入団、1983年にメジャー初登板。翌1984年6月に3対3のトレードでクリーブランド・インディアンズにトレード(交換相手にメル・ホールがいる)。その後ニューヨーク・メッツ、ニューヨーク・ヤンキースと渡り歩き、1989年7月にマイク・パグリアルーロと共にサンディエゴ・パドレスにトレード。実働6年間で、先発を中心に通算76試合に登板し15勝25敗、防御率5.47をマーク。
1990年にオリックスに入団。当時ブーマー・ウェルズとガイ・ホフマンが在籍していたため第3の外国人扱いだったが、ブーマーの故障で1軍に昇格、主に先発で20試合に登板し6勝4敗3セーブ、防御率2.58とまずまずの成績を残す。翌1991年もホフマンの不振により1軍に定着、成績は24試合登板で3勝2敗7セーブ、防御率4.66と平凡だった。
日本でのキャリアのハイライトと言えるのが1991年5月29日、日本生命球場で行われた近鉄バファローズ戦。先発した当時新人の長谷川滋利の後を受けて登板したシュルジーだったがリリーフに失敗、長谷川のプロ初勝利を消してしまい試合は延長戦へ突入した。そして指名打者の選手が守備についていたため11回表にシュルジーに打席が回ると、赤堀元之から超特大のソロ本塁打を放ち、その裏を抑えて勝利投手になった。これによりパ・リーグで指名打者制を導入して以来、初めての投手による本塁打が記録された。その上シュルジーの日本での打席はこれ1回きりであったため、日本プロ野球での通算打率が10割、長打率40割という塩瀬盛道(1950年)以来の珍しい記録も誕生した[1]。
翌1992年は13試合の登板にとどまり、その年限りで退団。引退後、2006年からマイナーリーグの球団で投手コーチを務めている。
57試合 勝利12 敗戦11 10セーブ 投球回191.1 奪三振112 防御率3.39
打撃成績
1試合 1打数 1安打 1本塁打 1打点 通算打率1.000
76試合登板(うち先発59) 15勝25敗0セーブ 防御率5.47 完投4 完封0 投球回338回2/3 被安打422 失点231 自責点206 被本塁打40 与死球12 与四球105 奪三振144
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