ドイツ系
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ドイツ人(Deutsche)は、ドイツを中心としてヨーロッパに分布する民族である。文脈により以下の三つの定義を有す。

ドイツ連邦共和国国民、またはそれに準ずる人。

ドイツ民族に帰属すると考えている人。

ドイツ語母語とする人。

目次

1 「国民」としてのドイツ人

2 「民族」としてのドイツ人

2.1 歴史

2.1.1 神聖ローマ帝国

2.1.2 ドイツ帝国

2.1.3 ヴァイマル

2.1.4 ナチス

2.1.5 現代ドイツ



3 「ドイツ話者」としてのドイツ人

4 ドイツ人のイメージ

5 脚注 

6 関連項目

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「国民」としてのドイツ人

「ドイツ」を自称する国家の国籍を保有する人(国民)。現代においてはドイツ連邦共和国の国籍を保有する場合を指すのが一般的である。この場合の「ドイツ人」は帰化した他国人・他民族も内包する為、民族主義的なドイツ人からは否定的に取られやすい。一方でドイツ統一の中心となったプロイセン王国のあったベルリンを中心とする「ブランデンブルク地域」は、スラブ系のポーランド人との雑居地であり、同王国では多くの「ポーランド系」プロイセン人が活躍(戦争論で著名なクラウゼヴィッツもポーランド系である)した。彼らの多くはポーランド系ドイツ人として独自のアイデンティを残しながらも国籍を取得しており、そういう意味では帰化人の存在自体はドイツにおいて珍しい存在ではないと言える。

このほかにもドイツの国籍保持者には西スラヴ語群ソルブ語を話す少数民族であるソルブ人(例:サッカー選手のミヒャエル・バラック)や、ポーランド系(代表的なのは、現在のサッカードイツ代表のエースであるミロスラフ・クローゼルーカス・ポドルスキー、かつてのドイツ代表ピエール・リトバルスキーなど)、デンマーク系、ナチスによるホロコーストの影響で数は減ったがユダヤ人(ただし、起源に複数説あり数千年の混血を経たユダヤ教徒を人種的にドイツ人と区別する考え方はナチス以後否定されている)などもおり、国籍は有していないもののトルコ人(例:サッカー選手のイルハン・マンシズ)など様々な民族が居住している。[1]


「民族」としてのドイツ人


歴史


神聖ローマ帝国

「民族としてのドイツ人」を定義づけるのは至難である。それはドイツが単一民族による統一国家を持ったことがない、また国境線第二次世界大戦のすぐ後まで頻繁に変更されてきたこと、あるいはヨーロッパにあっては人の移動は比較的簡易、自由であるなどの理由による。そもそもドイツ民族という概念自体が比較的近年になって形成された物であり、中世自体の時点では単に「ドイツ人」はドイツ地方に住む人間の総称でしかなかった。古代の時点においてはドイツ(ローマからはゲルマニアと呼ばれた)の住人は複数の小規模な民族(部族)に分かれていて盛んに争っていた(ゲルマン人を参照)。古代の終わりにフランク帝国やその後裔である神聖ローマ帝国に統一されたが、帝国がイタリア遠征の失敗で権威を失うと抑えられていた各地の有力者に権利が分散され、それぞれの民族を後ろ盾にした領邦国家からなる「連邦」へと弱体化した。この領邦国家時代はドイツ地方の歴史で最も長く、ドイツの人間は中世時代の殆どをこの体制の下で暮らし、三十年戦争とその後のナポレオン戦争で連合としての帝国すら崩壊するまで続いた。


ドイツ帝国

近代に入って欧州各地で民族主義の元に各地域を統合しようとする運動が過熱すると、ドイツでも三十年戦争などの教訓から地域の統合が必要であるとする論が広がり、その原動力としてドイツ地方の人間を取りまとめる「ドイツ民族」が形成された。だが領邦時代に確立された各地方の民族主義は完全には消えず、しかも統一を果たしたのは前述のプロイセン帝国で、一種の開拓団として東欧の地に入植し、地元民と同化していた彼らは地理的にも文化的にドイツから大きく離れた位置に居た。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki