ドイツ国防軍(独:Wehrmacht)は、1935年から1945年のドイツ国の武力組織(国家唯一の武器携帯者、独:Waffentrager der Nation)である陸軍、海軍、空軍の三軍の総体を指す。
ヒトラーが意のままに動かすことのできる親衛隊特務部隊は、1940年5月の西方戦役後に武装親衛隊と改称され、国防三軍とともに第四の武力組織として認められることになる。
目次
1 経緯
2 ヴェルサイユ条約の破棄
2.1 兵役義務の復活
2.2 忠誠宣誓
2.3 主権紋章
2.4 国防軍最高指揮権
3 開戦
3.1 国防軍無罪論
4 文献
5 関連項目
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第一次世界大戦に敗北した後ヴェルサイユ条約の軍備制限条項により軍隊は陸軍兵力を10万人に限定され、参謀本部、陸軍大学校、陸軍士官学校、戦車部隊、重火器は禁止された。海軍兵力は1万5000人、戦艦6隻、巡洋艦6隻および駆逐艦12隻の保有のみが認められた。また、航空戦力の保持は禁止された。義務兵役制度も廃止された。軍を離れねばならなかった旧軍人は巷に溢れ、社会的に不安定な要素となった。
存続した陸海軍は、皇帝ではなく、国家と憲法に忠誠を誓う Reichswehr と改名。敢て訳せば「国家防衛軍・国防軍」である。日本語ではドイツ語の Reichswehr と Wehrmacht のニュアンスを表現できないことからヴァイマル共和国時代の軍隊であるので「ヴァイマル共和国軍」と訳し分けることもある。1920年に陸軍統帥部長官 (Chef der Heeresleitung der Reichswehr) に就任したハンス・フォン・ゼークトは軍の政治的中立に重点を置き、軍の充実を図った。
しかし、連合国から課せられた膨大な賠償金や一方的な軍備制限、ポーランドへの領土の割譲等のヴェルサイユ条約への軍上層部の反発は大きく、参謀本部機能を「兵務局」の名称に隠して存続させ、将来の拡充を見越して、下士官に将校レベル教育を行い、赤軍の協力を得てソ連国内で秘密裏に航空機、戦車、毒ガス等の訓練施設を設け、再軍備への準備を怠らなかった。事実、ヒトラーがヴェルサイユ条約軍備制限条項を破棄し再軍備を宣言した時、短期間のうちに50万人から成る36個師団の陸軍ならびに空軍を保有することができた。
1935年3月16日にヴェルサイユ条約軍備制限条項の破棄(再軍備)が宣言されると、Reichswehr から Wehrmachtと改名される。陸軍、海軍の名称も下記のように改名された。空軍は新設である。
陸軍 Reichsheer から Heer
海軍 Reichsmarine から Kriegsmarine
空軍 Reichsluftwaffe(一般的には短縮されて Luftwaffe)
1935年5月21日に兵役法が施行される。
第一条
一、兵役はドイツ民族に対する名誉ある勤務である。
二、すべてのドイツ男子は、兵役の義務を負う。
三、戦時においては、兵役の義務を超越して、すべてのドイツ男子と、すべてのドイツ女子とは、祖国のための勤務について義務を負う。
第二条
国防軍は武器を執って防衛するものであると共に、ドイツ民族に向かって、軍隊的な教育を施すべき学校である。国防軍は、陸軍、海軍および空軍より成る。
第三条
一、国防軍の最高指揮者は総統兼首相 (Fuhrer und Reichskanzler des Deutschen Reiches) である。
二、国防大臣は総統兼首相の下にあって、国防軍の高級指揮者として、国防軍に向かって指揮権を発動する。
軍人の宣誓も国家と憲法に対して忠誠を誓うのではなく、三軍の全将兵は総統兼首相であるヒトラーに忠誠を誓うように変更された。親衛隊ではヒトラー個人に忠誠宣誓をしなければならなかった。まだ、国防軍は親衛隊に比べると個人ではなく、職位に対する忠誠に留まっていた。しかし、この忠誠宣誓が総統の命令は絶対服従であったとの言訳に使われることもあった。
1935年5月1日国防軍は軍帽と軍服左胸ポケットの上に主権紋章を表示する事が決められる。軍帽の正章はドイツの国旗色である「赤、白、黒」を円形に象っている。ドイツ陸軍、ドイツ海軍ではその周りをそれぞれ銀と金のオークの葉で囲んでおり、ドイツ空軍は周りを羽で象っている。
正章の上につくハーケンクロイツを掴む「鷲」の意匠は、陸軍、海軍、武装親衛隊、空軍それぞれ若干異なっている。羽を広げた鷲の紋章はローマ帝国以来、神聖ローマ帝国、現在のドイツに至るまで国章でもある。