トリアノン条約
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大トリアノン宮殿(2004年撮影)

トリアノン条約(トリアノンじょうやく、Trianoni b?keszerz?d?s, Treaty of Trianon)は、第一次世界大戦の敗戦国となったハンガリー王国と連合国が結んだ講和条約。1920年6月4日ヴェルサイユトリアノン離宮で調印された(トリアノンはグラン・トリアノンとプティ・トリアノンがあるが、この場合は前者 ⇒Grand Trianon)で調印された。

ハンガリーは大戦中はオーストリア・ハンガリー帝国の一部であったが、帝国は第一次世界大戦に敗北した結果解体され、この国もオーストリアから分かれて独立したため、オーストリアとは別に講和する必要ができ、この条約を結ぶことになった。

この条約により、ハンガリーはオーストリアとの合邦以前から領有していた歴史的領土のうち、大部分にあたるスロバキアクロアチアトランシルバニアを、それぞれ連合国側についた周辺の戦勝国チェコスロバキアセルブ・クロアート・スロヴェーン王国(のちのユーゴスラビア)、ルーマニア王国に割譲し、現在のハンガリー領に相当する領域へと大幅に縮小された。また、さらに石炭家畜などの連合国側への無償提供、さらには賠償金の支払いの要求など、一方的であまりに過酷な条件を連合国側から押し付けられた。

この当時のハンガリーは相次ぐ政権交代で混乱状態にあり、ハンガリー側はこの過酷な要求を飲み込まざるを得なくなり、結局この講和条約に調印した。この条約の厳しい内容は、ハンガリーが第二次世界大戦枢軸国側に立って参戦する遠因となった。


関連項目

第一次世界大戦講和条約

ヴェルサイユ条約 - 対ドイツ帝国

ヌイイ条約 - 対ブルガリア王国

サン=ジェルマン条約 - 対オーストリア第一共和国オーストリア・ハンガリー帝国

セーヴル条約 - 対オスマン帝国

カテゴリ: 第一次世界大戦 | ハンガリーの歴史 | チェコの歴史 | スロバキアの歴史 | チェコスロバキア | ルーマニアの歴史 | ユーゴスラビア | 講和条約 | 1920年

更新日時:2008年8月6日(水)21:15
取得日時:2008/08/11 09:13


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki