トハラ人
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トハラ(Tokhara)は、中央アジアの歴史的地名、民族名。トカラとも表記される。地域としては現在のアフガニスタン北部にあたり、のちにはトカラ地方がトカラ人の土地という意味でトハリスタンとも呼ばれた。トハラ人はイラン系の言語を話す人々で、スキタイサカと関係があるとされる。

アレクサンドロス大王の大遠征の後、紀元前3世紀に残存したギリシャ人がこの地の植民都市に拠ってバクトリアを立て、ヘレニズム文化が栄えた。紀元前2世紀にバクトリアが滅んだ後、中国歴史書大夏という名前であらわれる国があったが、同じ世紀に大月氏が征服し、大月氏の国がトハラ、その住民がトハラ人と呼ばれるようになった。45年には大月氏国のトハラ人豪族のひとつ、クシャーナ侯(貴霜)が強大となり、他の豪族を従えてクシャーナ朝を創始した。

ギリシャ人が住み着いたことからも理解されるように内陸アジアの交通の要衝として政治的・経済的に重要な地位を占め、ヘレニズム文化とインド文化の影響を受けた高度な文化が栄えた。また、碑文に用いられる文語として、イラン系のバクトリア語ギリシア文字で記したことが知られている。この時代には、バルフクンドゥズを中心に都市文明が栄え、中国史料に都貨羅国の名であらわれる。

8世紀以降、イスラム帝国の支配下に入って宗教的にイスラム化、言語的にペルシア化した。

なお、北東の東トルキスタン地方で話されていた古代語にトカラ語という言葉があるが、アフガニスタンのトハラとは地理的にも言語的にも直接の関係はない。 カテゴリ: 中央ユーラシア史 | 中央ユーラシアの歴史的地域 | 中国史に現れる周辺民族

更新日時:2007年12月23日(日)17:51
取得日時:2008/08/22 00:14


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki