デイヴ・ヒルトン
Dave Hilton
基本情報
国籍 アメリカ合衆国
出身地テキサス州
生年月日1950年9月15日(57歳)
身長
体重185cm
86kg
選手情報
投球・打席右投右打
守備位置内野手
経歴
ライス大学
サンディエゴ・パドレス (1972 - 1975)
ヤクルトスワローズ (1978 - 1979)
阪神タイガース (1980)
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デイヴ・ヒルトン(デイブ・ヒルトン、デーブ・ヒルトン、Dave Hilton、1950年9月15日 - )は、アメリカ合衆国テキサス州出身の元プロ野球選手(内野手)。
目次
1 来歴・人物
2 日本での年度別打撃成績
3 タイトル・表彰
4 関連項目
5 外部リンク
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メジャーではサンディエゴ・パドレスに所属していたが、1978年に春季キャンプでヤクルトスワローズのテストを受けて合格し、入団。主に1番を打ち、開幕から首位打者を争うほど高い打率を残し、ヤクルトの球団創設初優勝、そして日本一に貢献。
背中を屈めて、ストライクゾーンを狭くした極端なクラウチングスタイルの打撃フォームが特徴の選手だった。常に全力疾走するなど気迫あふれるプレーを見せた。守備面ではスローイングに難があり、当初のポジションはショートだったがシーズン途中でセカンドにコンバートされている。
1978年の阪急ブレーブスとの日本シリーズの第4戦、4−5とリードされた9回表2アウト、ランナー1塁の場面で、阪急の投手今井雄太郎から逆転2ランを放った。これは、シリーズの流れを変えた本塁打と絶賛され、同年の日本シリーズのハイライトの一つに挙げられる。
1979年は成績が低迷してオフに自由契約となるが、阪神タイガースのドン・ブレイザー監督が獲得を希望し入団する。しかし、阪神には1979年のドラフト会議で早稲田大学の内野手岡田彰布が指名を受けて入団しており、ファンは岡田の起用を強く望んでいた。1980年のシーズン開幕後から、ブレイザーはヒルトンを起用するが、ブレイザーは岡田の起用を望むファンやマスコミから総攻撃をうけ、ヒルトンもそのあおりを受けて打席に立つたびにヤジを浴びせられることとなる。結局、ヒルトンは打撃不振でシーズン途中で解雇され、ブレイザーも解任された。
年度チーム背
番
号試合打数得点安打二塁
打三塁
打本塁
打塁打打点盗塁犠打犠飛四死
球三振打率(順位)
1978年ヤクルト31285017615937119255766665575.317(8)
1979年1053995910314319180481522665.258(29)
1980年阪神421871814110174000412.197
通算成績25197114327652538452128711885152.284
タイトル・表彰
ベストナイン (1978年)
オールスターゲーム出場 (1978年)
関連項目
東京ヤクルトスワローズの選手一覧
阪神タイガースの選手一覧
外部リンク
選手の通算成績と情報 ⇒Baseball-Reference、 ⇒Fangraphs、 ⇒The Baseball Cube
カテゴリ: 1950年生 | テキサス州の人物 | アメリカ合衆国の野球選手 | サンディエゴ・パドレスの選手 | 東京ヤクルトスワローズ及びその前身球団の選手 | 阪神タイガース及びその前身球団の選手
更新日時:2008年7月22日(火)11:35
取得日時:2008/08/23 17:56