ディズニーランド(Disneyland 略称:DL)は、アメリカ合衆国カリフォルニア州アナハイムにあるウォルト・ディズニー・カンパニーが運営するディズニーパークである。
目次
1 概要
2 歴史
2.1 建設計画
2.2 建設開始
2.3 オープン
2.4 現在
2.5 50周年
3 パーク内
3.1 入場方法
3.2 パーク内エリア
3.3 パーク内の移動
3.4 徹底した雰囲気作り
4 人気アトラクション
5 過去に存在したアトラクション
6 直営ホテル
7 ディズニー・カリフォルニア・アドベンチャー・パーク
8 日本人向けのサービス
9 関連項目
9.1 アトラクションスポンサー
9.2 その他
10 外部リンク
//
アメリカのカリフォルニア州ロサンゼルス近郊のアナハイム市の南西部に位置し、1955年にオープンした。なお、現在世界中でディズニー社が運営する遊園地、リゾートのうち最初に建設されたテーマパークである。
ディズニーランドを含む複数のテーマパークやホテル、ショッピングモールなどを含むディズニーランド・リゾートの一部をなし、ディズニーランド・リゾートの中心的存在である。
オープン以降現在に至るまで、アメリカ国内のみならず、世界で最も有名でかつ利用客の多いテーマパークのひとつであり、1975年には、アメリカを国賓として訪問した昭和天皇と皇后も訪れた他、ロサンゼルスを訪れた各国の王族や首脳が数多く訪れることでも有名である。
建設計画ウォルト・ディズニー(左)
ヴェルナー・フォン・ブラウン(右)
ウォルト・ディズニーは、遊園地で楽しいのは子どもだけで大人にはベンチ位しか居場所がなかった1923年の実体験から、大人と子どもの両方が楽しめ、謝肉祭の悪い側面を取り除いた恒久的な娯楽施設の建設を計画した。その際、ディズニーが参考にしたのは、カリフォルニア州オークランドに1950年に作られた、最初の子供用遊園地「チルドレンズ・フェアリーランド」と、デンマークに1843年に作られた遊園地チボリ公園である。最初の計画では、カリフォルニア州のディズニー社のスタジオの隣に8エーカー(32,000 m2)の土地を取得し、蒸気鉄道をメインとしたパークを建設する予定であった。これはウォルトが子供の頃、鉄道模型を買ってもらえなかったのが原因とされている。当初の目的はディズニー社の社員の娯楽施設だった。
第二次世界大戦後、当初の計画は大幅に拡張され、より広い土地が必要であることが判明した。1950年代初め、事業資金を入手する困難に直面したディズニーには、新たな資金源の開拓が必要となった。ウォルト・ディズニーはテレビを利用することを決め、彼の構想する魔法の王国を各家庭に売り込むことを図り、「ディズニーランド」と題された番組がABCにより放送された。