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日本のドラマ
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テレビドラマ
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テレビドラマ
表・話・編・歴
テレビドラマ(TV drama)は、フィクション(架空)の世界を描いた動画作品のうち、主にテレビを媒体とするもの。テレビ番組の1つである。この項目では、日本におけるテレビドラマについて述べる。
目次
1 概要
2 歴史
2.1 撮影機材
2.2 出演者とスタッフ
3 制作会社
4 日本で放送されたテレビドラマ
5 脚注
6 関連項目
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1日を通してテレビドラマは放映されている。中でも、午後8時から10時台に放送されるテレビドラマは視聴率が高く、予算も高額で、他の時間帯に比べ質も高いとされる。時の人気俳優や人気タレントも多く出演し、時の流行やファッション等、多方面に渡って社会に大きな影響を及ぼす作品も少なくない。
数あるテレビドラマの中でも、特にフジテレビ系列で月曜日午後9時から放送されるテレビドラマは「月9(げつく、げっく)」、TBSで日曜日午後9時から放送されるテレビドラマ(日曜劇場)は「日9(にっく)」、日本テレビ系列で土曜日午後9時から放送されるテレビドラマは「土9(ドック)」と呼ばれ、高視聴率を記録した作品を数多く残している。また、午前に放映されるテレビドラマの中でも、NHK総合テレビの連続テレビ小説は人気があり、特に女性俳優(女優)の登龍門といわれる。
子供番組としての30分程度のドラマ(子供向けドラマ)も、1980年代までは比較的多く製作されていた。現在では、NHK教育テレビにおいて、道徳教育ドラマを就学年齢の児童、生徒向けの学校放送や、『中学生日記』の時間枠として放送している。またテレビ朝日では、日曜朝7時半から8時半までの1時間枠を「SUPERヒーロータイム」と称し、未就学児童をコア・ターゲットとしたいわゆる「特撮」ドラマを放送している。ほかに『まるまるちびまる子ちゃん』、『週刊赤川次郎』、『チョコミミ』といったドラマが製作された。
古くから続いているテレビドラマでは、NHK大河ドラマがある。歴史ドラマを恒常的に毎週放映するのはNHKだけであり、民放は主にトレンディドラマを放映する傾向がある。
なお、ラストに「このドラマはフィクションです」の字幕が出ることも多い。完全な実録以外の作品では、何らかの形でこの種の字幕が表示される。ただし、その対象は現代もしくは近過去(高度成長期以降)を扱った作品が主となり、時代劇でこの字幕が出ることは少ない。また、NHKの場合、ストーリーがフィクションである場合を含め、この字幕は表示されない傾向にある。
1940年にテレビの実験放送で放送された『夕餉前』が、日本初のテレビドラマとされている。1953年に本放送が始まってからしばらくは、テレビドラマは生放送であった。いわば、テレビ局のスタジオの一角で行なわれる小規模な芝居の劇場中継である。
ビデオは1956年にアメリカ合衆国で2インチのビデオテープが開発され、日本に初輸入されたのも国産のビデオが開発されたのも2年後の1958年だったことによる。その1958年には、KRT(現・TBS)がフランキー堺主演の『私は貝になりたい』を放送した。その年の芸術祭に参加し、それまで「電気紙芝居」と酷評されたテレビドラマが初めて人を感動させたとしてテレビドラマ史上に残る名作と位置付けられているこのドラマは、技術的にもビデオ録画が導入された先駈けともなった。当初はビデオ機材もビデオテープも高価だったが、ビデオはやがて普及していき、ドラマも生放送から収録に変わっていった。
1970年代までにビデオテープで収録されたテレビドラマの中には、原盤ビデオテープが別の番組撮影に使われ上書きされたことにより、映像が失われたものも少なくない。また、当初は撮影機材は大きく、カメラの感度は低く、照明を煌々と照らしたスタジオ内で演技するより他なく、屋外の情景はスタジオ内でのセットで再現した。どうしても屋外でのロケが必要な場合は、ビデオでの撮影を諦めて、映画フィルムで撮影することもあった。かつて多く制作された、いわゆるホームドラマはこうした技術的制約の苦肉の産物でもあった。
NHKのドラマはNHKですべて制作していたのに対して、民放では1950年代から外部の制作会社が制作したテレビドラマを放送した。それらは当初「テレビ映画」とも称され、劇場映画を作ってきたスタッフが制作にあたり、撮影もフィルムで行なわれた。大手では、1959年には東映が出資したテレビ局NET(現・テレビ朝日)で、1962年には新東宝を前身とする国際放映がTBSで、テレビ映画の制作に進出している。