ダーウィン・クビアン
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ダーウィン・クビアン
Darwin Cubillan

基本情報
国籍 ベネズエラ
出身地スリア州ボブレ
生年月日1972年11月15日(35歳)
身長
体重187cm
77kg
選手情報
投球・打席右投右打
守備位置投手
初出場2005年(NPB)
最終出場2007年(NPB)
経歴


ENB高

ニューヨーク・ヤンキース

トロント・ブルージェイズ

テキサス・レンジャーズ

モントリオール・エクスポズ

ボルチモア・オリオールズ

阪神タイガース(2005 - 2007)

SKワイバーンズ(2008)

■Template  ■ウィキプロジェクト 野球選手

ダーウィン・クビアン(Darwin Harrickson Cubillan Salom、1972年11月15日 - )は、ベネズエラ・ボブレ出身のプロ野球選手(投手)。

速球の球威に見所があり、魔球ナックルチェンジアップナックル・カーブを筆頭に落ちる変化球も多彩。
目次

1 来歴

2 エピソード

3 年度別成績

4 タイトル

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来歴

野球を始めたのは19歳とかなり遅く、それまではサッカーゴールキーパーをしていた。しかし、ヤンキース・アカデミーに知人がいた父の勧めで同アカデミーに行き、球を投げてみたところ、146km/hの球速が出た。アカデミー側は2000ドルで契約すると言い、本人もOKしたため入団が決まった。その後、2000年、27歳の時にトロント・ブルージェイズでメジャー昇格を果たした。

2004年オフ、日本に活躍場所を求めて阪神タイガースの秋季キャンプに参加、入団テストを受けて合格し、阪神入りが決まった。名字の「クビアン」が馘首を連想させるため、また進化論を唱えたチャールズ・ダーウィンにあやかって進化を期待され、登録名をダーウィンとした。

来日1年目となる2005年は選手層が充実していたため一軍での活躍は少なかったが、翌2006年JFKトリオの一角であるジェフ・ウィリアムスの故障離脱により中継ぎ投手として奮闘、さらに久保田智之の故障による投手陣再編で先発に転向した。しかし、先発転向後もなかなか勝ちに恵まれず、再び中継ぎ投手として起用された。49試合に登板し、防御率3.79という数字を残したが、好不調の波が激しく、投げさせてみなければ分からないという欠点を残した。オフには阪神残留が決まっていながら他球団が興味を示していたことが在阪スポーツ新聞で報道された。

2007年エステバン・ジャンライアン・ボーグルソンの加入により、外国人登録枠の関係で二軍暮らしの期間が長かったものの、ジャンが8月に登録抹消されてからは一軍に定着。中継ぎとして渡辺亮江草仁貴らとともにリード時・ビハインド時問わず登板、またローテーションの谷間では先発もこなすなど活躍した。しかし、この年チームが3位に終わり、先発投手陣の補強が急務とされたことや、中継ぎ中心の投手としては比較的高年俸だったことなどから戦力構想外となり、シーズンオフに自由契約となった。

2008年韓国・SKワイバーンズに入団したが、3試合に登板し1勝2敗、防御率は12.86とまったく結果を残せず、シーズンが開幕して1ヶ月も経たないうちに退団した。


エピソード

2006年、当時西武ライオンズに在籍していた松坂大輔投手がプロ初本塁打を放った相手の投手である。

2007年の登場テーマはレゲトンの代表的なアーティストであるテゴ・カルデロンの『Los Mate』を使用していた。


年度別成績

年度






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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Smilegreen