ターラント
(Taranto)
[[Image:{{{panorama}}}|300px|ターラントの風景]]
国 イタリア
州 プッリャ
県 ターラント
測地系 ⇒北緯: 40°28′0″
東経: 17°14′0″
標高海抜 15 m
面積217 km?
人口199,012 2004年12月31日
人口密度973 人/km?
分離集落Talsano, Lido Azzurro, Lama, San Vito
隣接コムーネカロジーノ、 ファッジャーノ、 フラガニャーノ、 グロッターリエ、 レポラーノ、 リッツァーノ、 マッサフラ、 モンテイアージ、 モンテメーゾラ、 モンテパラーノ、 プルサーノ、 ロッカフォルツァータ、 サン・ジョルジョ・イオーニコ、 サン・マルツァーノ・ディ・サン・ジュゼッペ、 スタッテ、 ヴィッラ・カステッリ (BR)
CAP(郵便番号)74100
市外局番099
ISTATコード073027
IDコードL049
住人の呼称tarantini o tarentini
守護聖人San Cataldo vescovo
祝祭日5月10日
⇒公式サイト
ターラント(Taranto)はイタリア共和国プーリア州のコムーネの一つで、ターラント県の県都である。人口約20万1千の人口(2001年)を有する南イタリアで3番目に大きな町である。 ターラントは重要な軍港と商業港を有し、製鉄所、石油精製工場、化学工場、造船所(戦艦)、食品加工工場がある。 ターラントは1940年にイギリス軍のタラント空襲があったことでも有名である。
目次
1 歴史
2 ターラント出身の人物
3 姉妹都市
4 ギャラリー
5 関連項目
6 外部リンク
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ターラントの歴史は古代ギリシアの植民地が置かれた紀元前8世紀まで遡る。スパルタからの植民者は、この町を神話の英雄ターレスにちなんでターレスと呼んだ。古代ギリシア時代には、都市は半島の位置にあり東はネクロポリスであった。 現代の都市はそれらの上に拡張されている。
ローマ人は、ローマからアッピア街道をこの町まで延ばし、この町をタレントゥムと呼んだ。
二つの湾があるため、ターラントは二つの海の都市とも呼ばれることがある。マーレ・グランデ(大きな海の意)の商業港は、イオニア海のターラント湾に面し、西にあるサンピエトロ島とサンパオロ島という2つの小島に守られた位置にある。反対側のマーレ・ピッコロ(小さな海の意)の港は古い都市により発展し、漁業が盛んである。マーレ・ピッコロにある軍港は戦略的に重要なため、19世紀の終わりに港に戦艦を入れる為の運河が半島を横断して掘られて、古代ギリシア人の町は島になった。
本国では南北の経済格差が社会問題となっており、バノーニ計画を元に第二次世界大戦後、南部開発と経済発展を目的として臨海部に鉄鋼コンビナートが建設された。
現在のターラントは、中央の島の旧市街、東の新市街、西の工業地区の3つに大きく分かれている。
ターラント出身の人物
ジョヴァンニ・パイジエッロ:オペラ作曲家
ボエモン1世 (アンティオキア公):十字軍の指導者
姉妹都市
ブレスト、フランス
モスクワ、ロシア
スパルタ、ギリシャ