タイガー・ウッズ
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タイガー・ウッズ

タイガー・ウッズ(Eldrick Tiger Woods, 1975年12月30日 - )は、アメリカカリフォルニア州サイプレス出身のプロゴルファーである。身長188cm、体重85kg。
目次

1 人物

2 メジャー大会優勝

3 略歴

4 関連項目

5 外部リンク

6 著書・関連文献

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人物

元陸軍特殊部隊グリーン・ベレー」の将校で、スクラッチ・プレーヤー[1]でもあった父親アール・ウッズの手ほどきを受け、生後9か月からゴルフを始めた。

2歳の頃には南カリフォルニアで著名な幼児ゴルファーとなり、4歳になるとSCJGA(南カリフォルニア・ジュニアゴルフ協会)に加盟、すぐに「10歳以下」クラスの9ホールの試合で10歳児を破る。8歳で70台のスコアが出せるようになり、13歳で全国規模のトーナメントに初出場。当時はまだ無名のジョン・デーリーと同組でラウンド、結局1打差で敗れはしたものの、残り4ホール時点では2打リードする実力を持っていた。この間、技術面で4歳の時からゴルフ・インストラクターのルーディ・デュラン(Rudy Duran)の指導を受け、10歳から17歳まではジョン・アンセルモ(John Anselmo)に師事した。

アマチュア時代に全米ジュニア・アマチュア選手権、全米アマチュア選手権にそれぞれ前人未踏の3連覇を達成後、1996年8月27日にプロ転向。チャーリー・シフォード[2]やリー・エルダー[3]、テディー・ローズなどに続く黒人ゴルファーとされ、転向後わずか10か月余りでマスターズを含む7大会で優勝、21歳にしてPGAツアーの史上最年少賞金王に輝いた。2000年全米オープンから2001年マスターズまで、メジャー大会4連覇を達成。メジャー競技で優勝した黒人選手はウッズが最初である。

ウッズ自身は自らの人種的ルーツについて最小限のことしか語らなかったが、プロ転向後契約したナイキ社のCM“Hello World”[4]では、「この国(アメリカ)には肌の色のため僕がラウンドできないコースがある。プロになった僕に対する“準備”は出来ているかい?」といった内容が全米に衝撃を与えた。また、日本の番組であるNHKクローズアップ現代』の単独インタビューにおいては、「あなたは“何”人か」との質問に対し、両親の血筋から白人でもあり、黒人でもあり、アジア人でもあるという意味で“Cauca・ne・asian”(コーカネイジアン、本人の造語)と答え、人種による区分に対しての問題性と否定的見解を示した。

その後、アメリカPGAツアー46勝[5]、国際試合で9勝[6]、を上げ、総計55勝を20歳代で記録し、他の世界的活躍をみせるプロゴルファーと比較しても抜きん出た才能を見せた。その存在は、もはや一流スポーツ選手として、ゴルフに関心はなくともその名を知らない人はいないと言い切れる水準にあるといえ、2000年には日本の高校3年生用英語教科書に自伝が掲載される程一般的な有名人であることを実証している。

常にトップクラスの飛距離や、高いG.I.R[7](パーオン率)を誇り、無敵とも思える強さは30代を迎えてすぐの不調時でさえ、他の選手に対し精神的な重圧を与え続けるほどの名選手である。トーナメントの最終日に赤系のシャツを着る姿が有名だが、これは赤が彼の「ラッキー・カラー」であるためであり、母親クルティダの勧めで始めた習慣である。

“タイガー”というニックネームは、タイガー・ストライプの迷彩服を好んで着ていたことから「タイガー」の異名を持つ南ベトナム軍の将校で父親の戦友であったグエン・T・フォング大佐(Nguyen T Phong)に由来する。ベトナム戦争MIA(戦闘中行方不明)となった彼に対する生還の期待と再会の実現という願いを息子の名前に託したい、との想いをアールが込めたという。1996年12月30日の21歳の誕生日を機に改名申請を行い、“タイガー”を正式なミドルネームとした。^ ハンディキャップが0のゴルファー。
^ 2004年世界ゴルフ殿堂入りした。
^ 1975年に黒人ゴルファー初のマスターズ出場者。1997年ウッズ初優勝の最終ラウンドに立ち会った。
^ 自らナレーションも担当した。
^ うちメジャー大会10勝、世界ゴルフ選手権10勝を含む。
^ 日本の「ダンロップ・フェニックス選手権」2連覇、ドイツの「ドイツ銀行SAPオープン」3勝などを含む。


不朽の名作から
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki