校訓
創立1211年
学校種別公立
総長/学長
所在地フランス、パリ
クレテイユ
ヴェルサイユ
キャンパス
環境都市
ウェブ
サイト13の大学ごとに独立して存在
パリ大学(Universite de Paris)はフランス共和国の、パリ、クレテイユおよびヴェルサイユの3大学区にある13の大学の総称である。多くのノーベル賞受賞者を送り出している他、政治学、科学、物理学、神学などの分野で優秀な学者を多数輩出。また芸術の教育機関としても名高い。
目次
1 概説
2 沿革
3 構成
4 出身者
5 外部リンク
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パリ大学の起源は12世紀前半であり、1960年に第1から第13大学までの独立した大学群に編制された。大学は1275年にフランスの神学者ロベール・ド・ソルボンが神学部学生用のソルボンヌ寮を設立して以降「ソルボンヌ (Sorbonne)」、または「ラ・ソルボンヌ (La Sorbonne)」と呼ばれるが、大学が必ずしもソルボンの思想に基づいているわけではない。現在の13校の中で第1から第4大学までがソルボンの意思を受け継ぐ伝統的な教育を行っており、そのうち3校はソルボンヌを冠としている。ソルボンヌにある Academie de Paris には全13大学の総学長が存在し、現在の会長・学長はモーリス・ケネ (Maurice Quenet)、副学長はピエール・グレゴリー (Pierre Gregory)。
教育課程は3段階に構成され、第1課程(2年)と第2課程(2年、医学系は4年)の前半が日本の教養・専門課程に該当し、第2課程の後半と第3課程(3年)が大学院に該当する。
パリ大学は、ボローニャ大学やオックスフォード大学などと共に、ヨーロッパ最古の部類に入る大学の一つで、その起源は1150年 - 1170年までさかのぼる。
創設期には3つのの上級学部(神学・教会法・医学)の下に、学芸部が設置されていた。
1211年にローマ教皇により、法的に「大学」として認められた。
1257年にルイ9世の宮廷司祭であったロベール・ド・ソルボン(Robert de Sorbon, 1201年-1274年)が貧しい神学部学生のためのソルボンヌ学寮を設立。
1259年に教皇の許可を得られ、以後ソルボンヌは後には神学部、ひいてはパリ大学そのものの代名詞となった。以来100以上の学寮が作られている。
中世では全ヨーロッパを教育対象としたカトリック大学であった。しかし、ローマ教皇に庇護された大学の特権も、1499年、ルイ12世の頃にはその乱用を忌まれて剥奪されている。
ナポレオン時代の1807年に帝国大学令により全国は16の大学区に分割され、パリ大学区には5学部(神学・法学・医学・理学・文学)がおかれた。
1969年の高等教育基本法によって現在の大学制度が成立した。学部は廃止されて、応用数学、英米文学などの専門的な研究・教育単位であるユニテ(unite)に再編され、パリ大学も、1大学区1大学制から、20前後のユニテからなる13の独立した大学に改組された。 パリ第3大学(新ソルボンヌ、Sorbonne Nouvelle)は、この高等教育基本法に基づいて1970年に新制大学の1つとして設立された大学である。
1984年に高等教育法が制定された。これは1968年法の精神を推し進めると同時に,大学の使命として,研究の振興・雇用政策(職業化),社会的・文化的不平等の緩和を強調している。また,これまで大学とは別の体系をなし、大学よりも高い威信を有してきた高等専門大学(グランゼコール)などをこの法律の適用対象に含めている。
構成
パリ第1大学 (パンテオン・ソルボンヌ):法学・歴史学・哲学・政治学
パリ第2大学 (パンテオン・アサス):法学・経済学・政治学
パリ第3大学 (新ソルボンヌ):文学・東洋語
パリ第4大学 (パリ・ソルボンヌ):文学・語学
パリ第5大学 (ルネ・デカルト):医学・歯学・薬学・心理学・教育学
パリ第6大学 (ピエールとマリ・キュリー):理学・工学・医学
パリ第7大学 (ドゥニ・ディドロ):歴史学・理学・医学・東洋語
パリ第8大学 (サン・ドニ):哲学・芸術学・精神分析学・心理学
パリ第9大学 (パリ・ドフィーヌ):経済学・管理学
パリ第10大学 (ナンテール):歴史学・地理学・文学・心理学・教育学
パリ第11大学 (パリ南):理学・工学・医学・法学