ストラスブール
国 フランス
地域圏 (Region)アルザス地域圏
(地域圏首府)
県 (departement)バ=ラン県
(県庁所在地)
郡 (arrondissement)ストラスブール市
小郡 (canton)10小郡庁所在地
INSEEコード67482
郵便番号67000, 67100, 67200
市長
任期ロラン・リス
2008年-2014年
面積78.26 km2
人口272,500 人
(2007年 推計)
人口密度3,374 人/km2
ストラスブール(仏:Strasbourg, 独:Strasburg(シュトラースブルク)、アルザス語:StrossburiまたはSchdroosburi)は、フランス北東部の、ライン川左岸に位置する都市である。アルザス地域圏の首府であり、バ=ラン県の県庁所在地でもある。ライン川の河川港を抱える交通の要衝である。
目次
1 概要
2 歴史
3 観光
4 交通
4.1 水運
4.2 長距離陸上交通
4.3 航空
4.4 市内交通
5 姉妹都市・提携都市
6 出身者・有名人
7 関連項目
8 外部リンク
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ストラスブール(シュトラースブルク)の語源はドイツ語で「街道の街」であり、交通の要衝として栄える。ライン川にフランス最大の河川港をもち、交通の便の良さから商工業が盛んである。
かつてはドイツの神聖ローマ帝国に属したが、近世初頭にドイツの混乱に乗じてフランスが侵略して併合する。以降、ドイツとフランスが領有権を争った土地として有名である。言語や文化の上ではドイツ系であるといえるが、下記のように1944年以降、政治的にはフランスに属する。
現在は欧州評議会や欧州人権裁判所、またEUの欧州議会を擁し、ベルギーのブリュッセルと共にヨーロッパの象徴的な都市の一つとなっている。
グーテンベルクやカルヴァン、ゲーテ、モーツァルト、パストゥールなども人生の一時期をこの地で過ごした。
2007年6月10日にはTGV東ヨーロッパ線が開業し、パリ東駅と2時間20分で結ばれた。
⇒en:Strasbourgも参照。ストラスブールのノートルダム大聖堂
ローマ人が都市をきずき、当時は「アルゲントラトゥム」とよばれた。ローマ帝国がライン川をゲルマニアとの国境としていたので、この地はローマ領であった。4世紀以来、司教座がおかれている。455年にフン族に破壊されたが、フランク族によって再建され、のちに神聖ローマ帝国に属した。カトリック教会がシュトラースブルク大司教座を設置。毛織物業も発展成立し、交通の要衝でもあったシュトラースブルクは大いに発展する。支配者、大司教との長い闘争をへて、1262年に自由都市となった。
ルネサンス期の宗教改革のときには、はやくも1523年にプロテスタントをうけいれ、市内にはカトリックとプロテスタントの教会が並んで建てられるようになった。ルイ14世の膨張政策が自然国境論のもとこの地域に触手を伸ばし、スペイン継承戦争でドイツ圏のエルザス・ロートリンゲン地方(アルザス・ロレーヌ地方)を獲得すると、1697年、リスビックの和平によりフランス王国の領域に入り、シュトラースブルクはフランス語風にストラスブールと呼ばれるようになる。