スキージャンプ週間(スキージャンプしゅうかん、Vierschanzentournee / Four Hills Tournament)とは、スキージャンプ・ワールドカップのうち年末年始にドイツとオーストリアで行われる4試合の総称である。
ワールドカップよりも古い、1952-1953シーズンから始まる歴史を有し、スキージャンプ界では、ワールドカップ、冬季オリンピックに次ぐ3番目の権威あるタイトルと見なされている。
日本人では船木和喜が1997-98シーズンに総合優勝を飾っている。
スキージャンプ週間はワールドカップの一部であり、この4大会で得た順位ポイントは、当然ながらワールドカップの総合ポイントにも組み込まれる。
目次
1 開催会場
2 概要
3 総合優勝
4 ノックアウトシステム
4.1 ジャンプ週間の記録
5 歴代優勝者
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日付画像場所会場名K点サイズヒルレコード(バッケンレコード)
12月30日オーベルストドルフ, ドイツSchattenbergschanzeK-120HS 137143.5 m (2003) ジークルード・ペテルセン, ノルウェー
1月1日ガルミッシュ=パルテンキルヒェン, ドイツGrose OlympiaschanzeK-125HS 140141.0 m (2008) グレゴア・シュリーレンツァウアー, オーストリア
1月4日インスブルック, オーストリアBergiselschanzeK-120HS 130136.0 m (2004) アダム・マリシュ, ポーランド
1月6日ビショフスホーフェン, オーストリアPaul-Ausserleitner-SchanzeK-125HS 140145.0 m (2008) グレゴア・シュリーレンツァウアー, オーストリア
短期に集中して行われるため、その時点において好調な選手がタイトルを獲得しやすいシリーズではあるが、長年4連勝で総合優勝するジャンパーはいなかった。笠谷幸生は1971-72シーズンのジャンプ週間を3連勝しながら、4戦目を札幌オリンピックの国内選考大会のため欠場している。また船木和喜も総合優勝した年は3連勝しながら4戦目は8位に沈んでいる。また、冬季五輪開催シーズンのジャンプ週間を制した者は必ずそのシーズンの五輪の個人種目で金メダルを獲得する、というジンクスも1984年のサラエボオリンピックから長く続いた。2001-2002年シーズンのジャンプ週間では、史上初めて前者のジンクスが破られ、ドイツのスベン・ハンナバルトが4連勝を果たした。しかしその年のソルトレークシティオリンピックではノーマルヒルで銀メダル、ラージヒルで4位と後者のジンクスも破れてしまう。が、団体戦ではドイツがフィンランドをわずか0.1点差で制し、金メダルの獲得はかろうじて継続された。
2005-2006年シーズンのジャンプ週間では、史上初めてヤクブ・ヤンダ(チェコ)とヤンネ・アホネン(フィンランド)が同点で総合優勝を分け合った。しかし同シーズンのトリノオリンピックでは両者共に個人・団体とも金メダルの獲得はならなかった。
ワールドカップの総合優勝は各試合の順位点の合計で争われるのに対し、ジャンプ週間の総合優勝は各試合のジャンプで取った得点、すなわち4試合8本のジャンプの飛距離点と飛型点の総合計で争われる。よって後述「記録」の項にもあるとおり、たとえ7本まで良いジャンプをして3勝していても最後に失敗すると得点が足りずに総合優勝を逃すこともある。
この4大会の特殊性の一つは、伝統的な勝敗の決定法である。他の大会で、1本目の上位30選手が2本目に進めるのに対して、ジャンプ週間の大会では1996/97年のシーズンからノックアウト方式を採用している。1本目の参加者50人は2人ずつ25組に分かれ、勝者25人と敗者のうち成績上位5人が2本目に進むことができる。このようなシステムのせいで、理論上は1本目で12番目に良い成績を収めても2本目に進めない可能性があるし、49番目の成績でも2本目に進める可能性がある。
ジャンプ週間の記録
2007-2008年シーズンヤンネ・アホネン(フィンランド)が史上最多の通算5回目の総合優勝を果たした。
イェンス・バイスフロク(東ドイツ/ドイツ)が通算4回の総合優勝でこれに次いでいる。
総合優勝3回はヘルムト・レクナゲル(東ドイツ)とビョルン・ビルコラ(ノルウェー)の2人で、ビルコラは3連覇した。
第54回大会では、史上初めて2人の総合優勝者が出た。ヤンネ・アホネン(フィンランド)とヤクブ・ヤンダ(チェコ)は4戦で獲得した得点の合計が同じだった。
ドイツは、統合前を合わせて16回優勝している。これに次ぐのがフィンランドの15回、ノルウェーの10回、オーストリアの9回である。チェコスロバキアはチェコと合わせて2回、日本、スロベニア、ポーランド、ソビエト連邦がそれぞれ1回の優勝である。