ジープ (JeepR) は、クライスラー社の四輪駆動車のブランドである。ジープは単なる商標に留まらず、その優れた設計から民生のクロスカントリーカーや小型軍用車両の代名詞となっており、ライセンス生産、コピーを問わず、世界中に亜流が存在する。
目次
1 歴史
2 軍用Jeep生産台数
3 海外生産
4 ブランド
5 車種一覧
5.1 現行モデル
5.2 過去のモデル
6 その他
7 文献
8 関連項目
9 外部リンク
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Jeepという名称は General Purpose(万能)もしくは Government-use(政府用)の G とホイールベース 80 インチの車両を表す識別符号の P から来た符号 GP から“ジープ”と命名されたという説や、漫画「ポパイ」に登場する「ユージン・ザ・ジープ」からとったという説がある。1941年
アメリカン・バンタム
Mk II (BRC-60)
⇒(en) ギルモア自動車博物館
ミシガン州
1940年 アメリカ陸軍需品科はポーランド侵攻におけるキューベルワーゲンの活躍に注目し、135社の自動車製造会社に大まかな設計要件を伝え、小型偵察車開発計画に応札することを要請した。 ⇒(en) アメリカン・バンタム社が落札し、プロトタイプを製作する。
1941年 弱小企業であるバンタム社の生産能力を危惧する陸軍はバンタム社の設計図を公開し、これに基づき ⇒(en) ウィリス・オーバーランド社はウイリスMAを、フォード・モーター社もフォード・GPと呼ばれるプロトタイプを製作。3社合わせて数千台規模により実戦投入された結果、ウィリスMAに改良を加えたMBが正式採用される。
同年中に日本陸軍がフィリピン作戦にてバンタムMk II(BRC-60)を鹵獲、内地に持ち帰る。これをコピーするようトヨタ自動車に命じ、1944年8月にトヨタ呼称AK10型として試作車5台が出揃い、御殿場で試験された。その結果、陸軍・四式小型貨物車として制式採用されるが、極度の資材欠乏と労働力低下から生産が間に合わず、ジープのような活躍の記録は無い。
また、このAK10型と戦後のトヨタ・ジープ、のちのランドクルーザーとの設計面でのつながりも一切無い。
1942年から、同一仕様のウイリスMB、フォード・GPWの生産が始まる。
1953年 新三菱重工業(後に分社して三菱自動車工業)がウィリス社のジープ(CJ-3A、すぐにCJ-3Bに切り替わる)のノックダウン生産を始める。
モデル年生産台数
Bantam pilot19401
Bantam Mk II / BRC-60194069
Willys Quad19405
Ford Pygmy19401
Bantam BRC-4019412,605
Willys MA19411,553
Ford GP19414,456
Willys MB1942 - 1945361,339
(25,808 スラットグリル + 335,531 プレスグリル)
Ford GPW1942 - 1945277,896
第二次世界大戦中 小計1940 - 1945647,925
その他
⇒(en) Ford GPA 'Seep'
(水陸両用車)1942 - 194312,778
戦後
Willys M38 (MC)1950 - 195261,423
Willys M38A1 (MD)1952 - 1957101,488
Willys M606 (CJ-3B)1953 - 1968 ? (155,494台生産されたCJ-3Bの一部。)
Willys M1701954 - 19646,500
海外生産
フランス オチキス(ホッチキス)社で1954年からライセンス生産が行われた。
日本では三菱自動車により三菱・ジープという名称でライセンス生産されていたが、陸上自衛隊の採用中止に伴い、1998年に生産終了となった。
中国では、第二次大戦中、日本との戦争に向けて、ライセンス生産をしていた。当時約2000台を生産し戦場へ供給された。1984年に当時のAMCとの合弁企業「北京ジープ」が設立され、現在でもジープチェロキー(XJ)が生産されている。
韓国では、双龍自動車 (Ssangyong Motor) が「コランド」の名でCJ-7をはじめ、双龍オリジナルのバリエーションモデルのライセンス生産を行っていた。
インドでは、マヒンドラ&マヒンドラ社が現在でもライセンス生産を行っている。
旧ソ連は、第二次大戦中、アメリカの物資援助で運ばれたジープをコピーし、GAZ-67Bなる独自の小型トラックを開発。戦中から戦後にかけて6万台以上製造され、ソ連や旧共産圏、中国、北朝鮮、モンゴルに配備された。