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ジョルジュ・シムノン(Georges Simenon, 1903年2月13日 - 1989年9月4日)は、ベルギーのフランス語で書く小説家、推理作家。
目次
1 人物
2 生涯
3 日本におけるシムノン紹介
4 メグレシリーズ
4.1 長編
4.2 短編
5 名探偵エミールの冒険シリーズ
5.1 短編
6 その他のジョルジュ・シムノン名義の作品
6.1 長編
6.2 短編
7 参考文献
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100編以上ある、ジュール・メグレ警部(Jules Maigret, 後に警視)が登場する一連の推理小説で有名。また、純文学の作品も多数あり、"La neige etait sale"(『雪は汚れていた』)はアンドレ・ジッドから高く評価された。
1903年2月13日、リエージュのレオポルド街に、保険会社社員のデジレ・シムノンと妻アンリエット・ブリュールの子として生まれる。
1914年にイエズス会系のサン・ルイ中学校に給費生として入学。その後サン・セルベ中学校に転校するが父デジレの病気により中退。
1919年1月、リエージュの新聞社『ガゼット・ド・リエージュ』の記者となる。
1921年に処女作"Au Pont des Arches"をジョルジュ・シム(Georges Sim)名義で発表。
1922年12月11日、許嫁とリエージュからフランスのパリに移住する。退役軍人連盟会長、ジャック・ド・トラシー侯爵、作家ビネ・ヴァルメールの秘書を務める。
1928年に購入した小船にジネット号という名前をつけて、フランス中の運河を巡る。
1929年、ジネット号の2倍の大きさの船を作る。オストロゴート号と命名して旅に出る。9月、オストロゴート号船底の修理のためにオランダ北部のデルフザイルの港に停泊中、メグレ警部が初めて登場する小説"Pietre-le-Letton"(『怪盗レトン』)を執筆。
1933年6月6日、トルコのマルマラ海上にあるプリンキポ島にて、亡命中のレフ・トロツキーを訪問しインタビューした。雑誌『パリ・ソワール』にその内容を発表。
1934年、メグレシリーズを中断する。版元をフェイヤール社からガリマール社に移す。
1940年9月、ヴァンデ県のフォントネー・オー・コントに住む。
1946年、版元をガリマール社からプレス・ド・ラ・シテ社に移す。
1966年にアメリカ探偵作家クラブからMWA賞の巨匠賞を受賞。
1973年、執筆活動からの引退を表明する。
1978年、長女マリー=ジョーが自殺。
1989年9月4日、スイスのローザンヌで死去。 この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。
戦前に著作が日本語に訳され高い評価を受けた。雑誌『新青年』の企画で、日本の探偵小説家の海外探偵小説のベスト10を発表するものがあり、代表作の"La Tete d'un homme"(『男の首』)が全体の9位に入った。個人では大下宇陀児、木々高太郎、角田喜久雄、渡辺啓助らがシムノンの作品を上位に挙げた。