ジャンヌ・ダルク(仏:Jehanne Darc、Jeanne d'Arc , 英:Joan of Arc, ユリウス暦 1412年1月6日 - 1431年5月30日)は、「オルレアンの乙女」とも呼ばれ、フランスの国民的英雄であり、カトリック教会の聖女。百年戦争の際にオルレアン解放に貢献し、シャルル7世をランスで戴冠させ、フランスの勝利に寄与したとされる。コンピエーニュの戦いで捕虜となり、宗教裁判で異端者と断罪され、ルーアンで火刑になった。
目次
1 生涯
1.1 生い立ちと時代背景
1.2 神の啓示と使命
1.3 捕縛と裁判
2 偽ジャンヌ・ダルクと私生児説
3 後世の評価
3.1 医学的研究
4 ジャンヌ・ダルクが登場する作品
4.1 日本以外
4.1.1 戯曲
4.1.2 オペラ・音楽作品
4.1.3 小説
4.1.4 評論・評伝
4.1.5 映画
4.2 日本
4.2.1 文学・芸術
4.2.2 漫画
4.2.3 ゲーム
4.2.4 歌
5 関連項目
6 参考文献
7 脚注
8 外部リンク
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生い立ちと時代背景ジャンヌ・ダルク自筆の署名。
1430年3月28日付ランス住民宛書簡。マレーシー家蔵ジャンヌは不識字だったという。この署名は「n」が「m」に誤って書かれている[要出典]。
ジャンヌ・ダルク(Jehanne Darc, Jeanne d'Arc という綴りは後世に変化したもの)は、後の復権裁判でのある証言によると、1412年1月6日にフランスのロレーヌ地方にあるドンレミ(ドムレミー)村の農家である父ジャック・ダルクと母イザベル・ロメとの間に生まれた。ジャンヌにはジャックマン、ピエール、ジャンという3人の兄とカトリーヌという姉がいた。村の教会はランスの守護聖人である聖レミギウスに献じられていた。聖カトリーヌの彫像もあった。
その頃フランス北部(ノルマンディー)は、ブルゴーニュ派と連合したイングランドに占領されていた。フランスには1422年にシャルル6世が亡くなって以来、国王が不在だった。
シャルル6世は跡継ぎとして王太子シャルル(後のシャルル7世)を残したが、フランスの王位はイングランドのまだ幼いヘンリー6世に相続された。これは、百年戦争、およびアジャンクールの戦いで生じた血で血を洗う攻防戦を終了しようと、1420年にシャルル6世およびイングランドのヘンリー5世によって署名されたトロア条約の結果だった。