世界測地系: ⇒6°7′59.88″S, 106°45′00″E この項目ではインドネシアの首都について記述しています。オープンソースプロジェクトについてはJakarta Projectをご覧ください。
ジャカルタ首都特別州
Provinsi Daerah Khusus Ibukota Jakarta
州の標語: Jaya Raya (Prosper and Great)
⇒州都
知事ファウジ・ボウォ
面積661.52 km?
人口11,018,000 (2000)
民族ジャワ人 (35%)、ブタウィ人 (28%)、
スンダ人 (15%)、華人 (6%)、
バタック族 (4%)、ミナンカバウ族 (3%)
宗教イスラム教 (86%)、
プロテスタント(6%)、カトリック (4%)、
仏教 (4%)、ヒンドゥー教 儒教
言語インドネシア語、ブタウィ語、
ジャワ語、スンダ語
時間帯WIB (UTC+7)
公式サイト ⇒www.jakarta.go.id/
ジャカルタ (Jakarta) は、インドネシアの首都で、同国最大の都市。一般には、ジャカルタという場合、ジャカルタ首都特別州 (Propinsi Daerah Khusus Ibukota Jakarta = Propinsi DKI Jakarta) を指す。植民地時代の旧称はバタヴィア (Batavia)。東南アジア諸国連合 (ASEAN) の事務局を抱える。
目次
1 名称
2 歴史
3 地理
4 行政区画
5 観光
5.1 主な地区
5.2 主な建築物
6 交通
6.1 航空
6.2 鉄道
6.3 バス
6.4 タクシー
7 日系企業の進出
8 教育
9 姉妹都市
10 備考
11 注脚
12 関連文献
13 関連項目
14 外部リンク
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ジャカルタ首都特別州は外務省の呼び名であるが、同市と姉妹都市関係を結ぶ東京都では、同州をジャカルタ特別市と呼んでいる。[1]
また、ジャカルタ行政区を含めた4地域はまとめて、ジャボデタベック (Jabodetabek) と呼ばれている。これは、ジャカルタ (Jakarta)と西ジャワ州のブカシ市(Bekasi)、ボゴール市(Bogor)、デポック市(Depok)、バンテン州のタンゲラン市(Tangerang)の頭文字を繋ぎ合わせたもので、ジャカルタ首都圏の呼称として定着している。
ジャカルタの名称の起源については、ジャヤ(幸福繁栄の意)+カルタ(都)の二つの単語からなる合成語であるという説がある。
歴史バタヴィア城(1656~58年頃、画: Andries Beeckman.)
ジャカルタはもともと、16世紀はじめまで、西ジャワのパジャジャラン王国の港町、スンダ・クラパ (Sunda Kelapa) として発展した。14世紀に成立した中国・明朝のもとでインドネシアの海域は册封体制下におかれ、アジア域内における交易ネットワークに組み込まれていた。スンダ・クラパもまた、この海域の他の港市とともに、中国との朝貢貿易や私貿易、中継貿易で重要な港町として発展した。
スンダ・クラパをジャヤカルタ(Djajakarta = 偉大なる勝利)と改名したのは、1527年にこの地を征服したバンテン王国のスルタン、ファタフィラである。
16世紀末に、この海域でのポルトガルの香辛料独占に対抗するため進出してきたオランダは、西ジャワの王族の内紛に介入し、その一方に軍事援助を行う見返りに、ジャヤカルタを手に入れた。1619年、オランダ東インド会社総督、クーン (Jan Pieterszoon Coen) がジャヤカルタに要塞を建設し、この地をオランダの先住民バタウィにちなんで、バタヴィアと改称した。その後、オランダ東インド会社の基地として、さらに後にはオランダ領東インド国家の中心都市として発展していくことになった[2]。
第2次世界大戦では日本が東インドのほぼ全域を占領し、その間の1942年に日本軍政当局がバタヴィアをジャカルタと改称した。