ジェブツンダンパ・ホトクト((モンゴル語: Жавзандамба хутагт, チベット語: ??????????????, 英語: Jebtsundamba Khutuktu)はモンゴルにおける活仏の名跡である。また、清朝から冊封を受け、「ボグド・ゲゲーン」の称号もある。
1614年、チョナン派の高僧ターラナータはモンゴルへ巡錫し、20年ほどそこで布教をしていた。ターラナータはモンゴル人の信頼を得、モンゴル人は「ジェブツンダンパ」と彼のことを呼んだ。1634年にターラナータは没したが、翌年に生まれたハルハ部のトジェット・ハーンの息子ザナバザルをその転生とし、法名を「ロサン・タクペルギャルツェン」としてモンゴル独自の法王を立てた。
1649年、ザナバザルはチベットへ修行に行った。当時チベットはグシ・ハンの勢力下にあり、チョナン派はゲルク派に取って代わられようとしていた。1650年、ザナバザルはパンチェンラマ四世から受戒し、正式に僧となった。そして、ダライラマ五世と謁見し、ゲルク派に改宗の上で活仏と認定するということで、翌年ゲルク派に改宗し、ザナバザルは正式に「ジェブツンダンパ・ホトクト一世」となった。1657年、モンゴルへ戻ったザナバザルはエルデネ・ゾーでチベット仕込みの仏教を広めていくこととなる。1688年、ジュンガル部のガルダン・ハーンから攻撃を受けて清へ助けを求め、後に冊封の関係を結んだ。
1691年、康熙帝より「ホトクト大ラマ」の称号を賜り、ハルハ地方の宗教的、政治的指導者へと上りつめていった。以降、ジェブツンダンパの名跡は清朝の冊封を受けてからダライラマが追認するという形式となった。現在のジェブツンダンパ九世は、1932年にカムのリタンで生まれ、4歳のときに活仏として認定された。
関連項目
モンゴルの大統領 - 初代大統領としてジェブツンダンパ・ホトクト八世が数えられることがある。
チンギス統原理 - 初代ジェブツンダンパがハーンの息子であり、チンギスハーンの血統を受けているとされる。
外部リンク
⇒Khalkha Jetsun Dampa Rinpoche公式HP(英語)
⇒Zanabazarオンラインバイオグラフィ(英語)
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カテゴリ: チベットの僧 | モンゴルの歴史 | 仏教関連のスタブ項目
更新日時:2008年6月17日(火)08:17
取得日時:2008/07/30 11:43