シャーハンシャー
■毎日更新無料動画!
■未公開流出画像満載

[Wikipedia|▼Menu]
この項目ではペルシア語で「王」の意味について記述しています。シャー (曖昧さ回避)についてはシャー (曖昧さ回避)をご覧ください。

シャー(sh?h ???)は、ペルシア語で「」を意味する語、または王の称号。古代ペルシア語の"χ??yaθiya-"に由来する。もともとイラン系の王の称号であったが、イスラーム時代以降はイラン系のみならずイラン・イスラーム文化の影響を受けたテュルク・モンゴル系の王侯でも称号や人名などに使われるようになった。また「シャーハンシャー」 ??????? sh?han-sh?h とはパフラヴィー語のシャーハーン・シャー ??h?n-??h 「??h-?n(「王」の複数形)+??h(王);"諸王の王"、"王の中の王"の意味」のアラビア語転写ないしアラビア語形である。
目次

1 語源、および古代の「シャー」と「諸王の王」

1.1 古代ペルシア語での例

1.2 アラム語形・中期イラン語での例


2 イスラーム時代以降の「シャー」および「シャーハンシャー」

3 その他

4 参考文献

5 関連項目

6 外部リンク

//


語源、および古代の「シャー」と「諸王の王」


古代ペルシア語での例

近世・現代ペルシア語「シャー」は古代ペルシア語の"χ??yaθiya-"に起源を遡る単語であるが、同時に「シャーハンシャー」もまた同じ時期に出現する歴史ある称号である。いわゆる「シャーハンシャー」とはアケメネス朝(ハカーマニシュ朝)のダレイオス1世(ダーラヤワウ)が古代ペルシア語の碑文群において初めて名乗った称号"χ??yaθiya χ??yaθiy?n?m"に起源する単語で、旧約聖書に見られる"the King of Kings"(「王の中の王」、「諸王の王」)の形容表現はまさにこのダレイオス1世以来のペルシア帝国の王号を直接の由来としている。

ハカーマニシュ朝の歴代君主たちはこの「諸王の王」"χ??yaθiya χ??yaθiy?n?m"以外にも、「偉大なる王」「大王」"χ??yaθiya Vazrka"という称号も用いていた。この称号はダーラヤワウ以前のクルシュ(キュロス2世)の頃からバビロニア語碑文に LUGAL GAL として使用がみられるが(厳密にはシュメール語の語彙。大英博物館所蔵のいわゆる「キュロス・シリンダー」 "Cyrus' cylinder"にも表れている)、ギリシア語ではΒΑΣΙΛΕΩΣ ΜΕΓΑΛΟΥ(Basileos Megalou:偉大なる王)として存続するものの、この「大王」というイラン語での呼称はサーサーン朝、イスラーム時代以降のイランでは「(シャーハンシャー)諸王の王」のような形では伝世されなかったようである。


アラム語形・中期イラン語での例

その後この「シャー」および「シャーハンシャー」の王号は、ペルシア帝国時代から使用されていたアラム語のmelek malkin ??? ????? と翻訳された。聖書ヘブライ語の「諸王の王」melek malkim ??? ????? アラム語形のヘブライ語直訳といえる。マケドニア王国アレクサンドロス3世によるペルシダーラヤワウ1世以降、ア帝国の滅亡とセレウコス朝シリアメソポタミア支配によって一時「諸王の王」の称号の使用は中断したものの、東方からメソポタミアを征服したパルティアで再び復活した。パルティアの王たちは、ミトラダテス2世以降、発行したコインの銘文などにギリシャ語で"ΒΑΣΙΛΕΩΣ(王) ΒΣΙΛΕΩΝ(諸王)" Basile?s Basile?n と刻ませ、またアラム語の碑文などで自らをmelek malkin ??? ????? ないし malkin malk?' ? ?????? ??????と名乗った。サーサーン朝初期の碑文や後世のマニ教文書などの研究によれば、パルティア語そのものでは"χ??h?n-χ??h"と称していたようである。パルティアを倒してメソポタミアおよびイラン高原を継承したサーサーン朝でも"??h?n-??h"として受け継がれた。特にサーサーン朝ではシャープール1世以来歴代の君主たちは「エーラーンと非エーラーンの諸王の王」と称したが、政治的にも諸国の諸王(??h?n-)を支配する王(??h)としての意味が強化され、サーサーン朝の君主は各地に「シャー」を分封して中央集権化を推進し、文字どおり「諸王の王」となった。

一方、東方のソグド地方では「諸王の王」の称号は用いられなかったようである。ソグディアナの都市国家それぞれを統括していた領主たちはアラム語語彙で MR'Y 、またはこれを訓読して xwβw(フブ), xwt'w(フターウ : 近世ペルシア語のkhod?)と呼ばれていたが、8世紀頃のサマルカンド王デーワーシュティーチュはソグドの諸々の都市国家の上位に立つ「ソグド王」として「ソグドのイフシード(王)」 sγwδyk MLK'(= (')x?yδ)と名乗っている。このソグド語で「王」を意味する "(')x?yδ" も古代ペルシア語の"χ??yaθiya-"と語源を共有する語彙である。

さらにクシャーナ朝の君主たちは、支配階層で使用されたバクトリア語で、単にTΑΟ(シャーウ? : 「王」)ないし TΑΟΝΑΝΟ TΑΟ 、すなわち TΑΟΝΑΝΟ("TΑΟ"の複数斜格:王たち(の))+TΑΟ(王)と称し、同時代のパルティア同様「諸王の王」を名乗っている。同種の称号を用いたことが分かっているのは現在確認できる最古のバクトリア語資料であるヴィマ・タクト王の碑文での用例からであり、以後カニシカ1世など歴代のクシャーナ朝の君主たちは TΑΟΝΑΝΟ TΑΟ (諸王の王)を名乗り続けている。


無料のエ○本?高画質
動画も対応オススメ!

[次ページ]
[オプション/リンク一覧]
[記事の検索]
[おまかせ表示]
[トップページ]
[ニュースをチェック!]
[列車運行情報]
Size:17 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki