シネマコンプレックス(英語表記:Multiplex Cinemas)とは、一般に同一の建物に複数のスクリーンがある複合映画館のことを指す和製英語である。略してシネコンとも呼ばれる。
目次
1 特徴
1.1 本項の表現に関して
2 歴史
2.1 日本での歴史
2.2 2008年における状況
3 各社シネマコンプレックス
3.1 チェーン系
3.2 独立系
4 脚注
5 関連項目
6 外部リンク
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法令等での明確な定義はなく、例えば、日本映画製作者連盟が毎年1月に発表する日本映画産業統計では、「同一運営組織が同一所在地に5スクリーン以上集積して名称の統一性(1、2、3…、A、B、C…等)をもって運営している映画館」とされているが、他の統計などでは、スクリーン数が異なる等、別の定義を使用している場合もある。
多くは、街の郊外にショッピングモールの一テナントとして運営されている。モデルはアメリカの西海岸で始まったマルチプレックス(Multiplex)またはメガプレックス(Megaplex)であり、それに準じた作りになっている。
従来の映画館と異なる点は、同時上映されている映画を窓口や携帯サイトで選択・予約ができ、全席指定席のため立見客で混雑することが無いので快適に作品を観ることができる等の利点がある。また、人気に応じてスクリーンと上映期間が変更できるなど状況に応じ上映プログラムを組んでいる。
一方で休憩所、売店、洗面所等の施設は基本的にチケットゲート前に完備されており、上映中は半強制的にスクリーンから離れられないつくりになっている。ただし映画館によって若干差異があり、一部のシネコンではこのような構造になっていない場合がある。また、基本的に単一スクリーンで単一作品が上映され、完全入替制をとっている。よって、人気の低い作品を抱き合わせた2?3本立てといったことは行われず、複数の作品を連続して観ることはできない。
本項では、複数上映室を備える施設の規模を表現する上で、上映室の数=スクリーンの枚数で説明する。文中で便宜的に使われる「Scr.」という単位は、このスクリーン(screen)の省略記号である。なお運営中に改装して上映室の追加・廃止があった場合は、変化のあった幅で示している。
また「サイト」と表現してある場合は、各々の施設を指している。
もともと米国でマルチプレックス(3Scr.以上)と位置付けられ、それよりも遥かに多いスクリーン数(5?12・16・20Scr.)を誇る映画館がメガプレックスと呼ばれたが、この両者の境界はスクリーン数に明確な基準があるわけではないため、両者がどの段階で分岐したかも不明確である。ただ ⇒Movie theater(英語版Wikipedia記事)を見る限りでも1960年代前後には既にマルチプレックス化の動向もあったようだ。
日本でのシネマコンプレックスの始まりには諸説ある。戦後しばらくは「1つの映画館(建物)に、スクリーンは1つ」が当たり前だったが、1960年代後半ぐらいから、従来の映画館の建て替えや移転の際に、「1棟の建物に、複数のスクリーンを持つ」という形式とする館が現れてきた。一方、客席数が1000程度の規模のスクリーンの中に壁を入れて左右に仕切ったり、1階席と2階席との間に床を入れて上下に仕切ったりすることで、複数のスクリーンに分割するケースも見られた。
これらの映画館をシネコンの前身と見ることも可能だが、この当時は、それぞれのスクリーンには独立した館名が付けられている等、むしろ「複数の映画館が、たまたま1棟の中にある」ぐらいの状態だった。
あるいは1980年代から、都市の郊外に建築されたショッピングセンターにおいて、複数のスクリーンを持つ映画館をテナントとして迎え入れるところが現れた。形としては、現在の郊外型シネコンに近い。ただし、スクリーンは多くて3つまでであったことや、当時の消防法や建築基準法等の規制により、客席数が100程度までに限定されていたり、フィルム映写機の設置が困難か不可能であるためにビデオシアターの形態を取っていたなど、現在のシネコンと同一視することは難しい。
現在のシネコンの形態を基準とすれば、事実上の日本初は1980年、愛知県に開館した小牧コロナ会館(5??7 Scr.)であるとみられるが、同館はそのことを自称していない。これに対し、以下の3館はそれぞれ「日本初のシネマコンプレックス」を自称している。
1984年に東京都の大森西友内に開館したキネカ大森(3 Scr.)
1987年に神奈川県川崎市に開館したチネチッタ(8??9 Scr.)
1993年4月24日に神奈川県に開館したワーナー・マイカル・シネマズ海老名(同年4月29日には大阪府岸和田市にワーナー・マイカル・シネマズ岸和田)
小牧コロナ会館、キネカ大森、チネチッタの3館はワーナー・マイカル・シネマズ海老名よりも先に開館しているが、ワーナー・マイカル・シネマズ海老名が5スクリーン以上あることやショッピングモールの一テナントとして運営されているなどの形態が、1990年代に次々とオープンした日本のシネコンのスタンダードになったこと、さらに、オープン時にマスコミが同館を「日本初のシネコン」であると報じたこともあって、多くの文献等では同館を「日本初」としている。