ザ・ペニンシュラ香港
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ザ・ペニンシュラ香港


情報
正式名称The Peninsula Hongkong
運営香港&上海ホテルズ
所有者香港&上海ホテルズ
前身
階数- 階
部屋数約300室
開業1928年12月11日
閉業
最寄駅
最寄IC
所在地
Salisbury Road, Tsim Sha Tsui (W), Kowloon, Hong Kong
電話(852)29202888
HP ⇒公式サイト


ザ・ペニンシュラ香港(The Peninsula Hongkong、香港半島酒店)は、香港にある最高級ホテル。運営は香港&上海ホテルズ
目次

1 歴史

1.1 建設

1.2 開業

1.3 日本軍統治下

1.4 現在


2 概要

2.1 ランドマーク


3 建物

3.1 客室

3.2 主な施設


4 アフタヌーンティー

5 送迎

5.1 ロールス・ロイス

5.2 ヘリコプター


6 外部リンク

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歴史


建設

アヘン戦争後の1842年に結ばれた南京条約により香港は、イギリスの直轄植民地となり、本格的な発展が始まった。とはいえ、1900年代頃の香港は、発展を遂げていたものの鄙びた漁村の雰囲気を残した田舎町で、香港のさらなる発展のためにも、リゾート地としてPRする必要があり、そのためにはホテルの存在が必要不可欠であった。

1900年代の香港の市街地中環地区で、尖沙咀地区は田舎町の雰囲気を残したままであった。1910年九広鉄路が完成し、現在の尖沙咀側のスターフェリー乗り場付近にが設置された。駅の目の前に埠頭があり、ヨーロッパからのも停泊するため、海と陸の玄関口を合わせ持つこの場所こそホテルを建設する場所にふさわしいと考えた香港&上海ホテルズの創業者のひとりであるエリス・カドゥーリーによって、1922年に建設が始まった。


開業

建設が始まったものの、第一次世界大戦後の混沌とした時代だったこともあり、順風満帆とはいかなかった。1927年には、敷地がイギリス軍の軍営地として接収され、敷地内に砲座が設けられてしまった。このような状況であったため当初の予定より約4年開業が遅れ、1928年12月11日に開業した。当時の客室数は250室で、さらに、当時としては珍しく、全室にバスルームトイレが付いていた。


日本軍統治下

1941年12月8日には太平洋戦争が勃発し、日本軍が香港に進駐、数日後には新界九龍半島が占拠される。香港島に立て籠って抗戦したイギリス軍も25日には降伏した。同ホテルの336号室で、日本軍とイギリス軍との降伏文書を取り交わした(香港の戦いを参照)。戦争中を通じて日本軍の将校集会所として使用されていたが、日本の敗戦後は元通りにホテルとして使用されることとなった。


現在

その後は香港のみならずアジアを代表する最高級ホテルの一つとしての地位を確立し、内外装のリニューアルが数回に渡り行われたが、手狭になったことや啓徳空港の閉鎖を受けて尖沙咀地区の建設制限が緩和されたこともあり、1994年には新館となる30階建てのザ・ペニンシュラタワーが完成した。16階まではオフィスで、客室は17階以上にある。


概要


ランドマーク

香港を代表するランドマークの一つとしてその存在が世界的に有名な上、ビクトリア・ハーバーが見渡せる尖沙咀の中心地に位置することから、ショッピングアーケードやロビーには世界各国の観光客が数多く訪れる。


建物タワーのダブルルーム客室本館入口付近


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki