ザ・デストロイヤー
★制服でHなバイト★
1日5万円★日払い★

[Wikipedia|▼Menu]

ザ・デストロイヤー(The Destroyer)のリングネームで最も知られるリチャード・ベイヤー(Richard Beyer、1931年7月11日 - 。ディック・ベイヤーとする説もあり)は、アメリカ合衆国ニューヨーク出身の元プロレスラー。日本では「白覆面の魔王」の異名を持つ覆面レスラーとして力道山ジャイアント馬場などと戦った他、テレビタレントとしても活躍した。親日家としても知られる。

正式なリングネームはジ・インテリジェント・センセーショナル・デストロイヤー(The Intelligent Sensational Destroyer)である。アメリカでは、ディック・ザ・デストロイヤー・ベイヤー(Dick "The Destroyer" Beyer)として知られる。息子のカート・ベイヤーもプロレスラーである。
目次

1 来歴・人物

2 得意技

3 エピソード

4 主なタイトル

5 外部リンク

//


来歴・人物

シラキューズ大学在学時からアメリカンフットボールの選手として活躍し、卒業後も母校のコーチを務めていたが、アマチュアレスリングでも実績を残していたため、アメリカのプロレス団体からのオファーを受けてプロレスラーも並行して始める。当初は本名・素顔で試合を重ねてきたが、1962年に覆面レスラーに転向。白地に赤や青の縁取りを付け目と鼻、口の部分を開けたマスクを着用して試合に臨み、WWA世界ヘビー級王座を獲得。通算3度WWA世界ヘビー級チャンピオンとなる。

その後1963年に初来日して力道山と対戦、足4の字固めをめぐる壮絶な攻防は全国に一大センセーションを巻き起こした。力道山の死後も、ジャイアント馬場を新たなライバルとして日本プロレス全日本プロレスの人気外国人レスラーの地位を確保するようになる。初対戦の頃は馬場を血だるまにしてKOした大ヒールのデストロイヤーであったが、1972年に来日の際、「馬場に負けたら助っ人として日本に残る」と宣言、敗れたデストロイヤーはその後6年余りの間全日側として参戦し、その間アブドーラ・ザ・ブッチャーミル・マスカラスなどと名勝負を残した。また「NWA本部を差し置いて『覆面世界一』を名乗った(というアングル)」ことに端を発する「覆面十番勝負」は、急造マスクマンも含まれていたとはいえ、「刺客」として送り込まれる実力者相手の連戦で「タイガーマスク」のストーリーにも似た興奮を醸し出した。日本ではベビーフェイスとして活躍したが、アメリカではもっぱらヒール役に徹していた。1968年には黒覆面の「ドクターX」を名乗りバーン・ガニアを倒しAWA世界チャンピオンとなった。

またそのユニークなキャラクターから、日本テレビ系で放送されたバラエティー番組『金曜10時!うわさのチャンネル!!』(司会:和田アキ子せんだみつおら)にレギュラー出演し、コメディアンとしてのセンスを見せ、リングの外でも人気を博した。番組中徳光和夫に足4の字固めを仕掛け、徳光が「明日子供の授業参観なのに」「俺はギャラが出ないんだぞ!」と叫びながら悶絶する姿が見られた。

アメリカに戻ってからは年1回、全日本プロレスの「サマーアクションシリーズ」での特別参戦を続け、1993年に引退。

その後アメリカ・アクロンの高等学校で体育教師、水泳教室のインストラクターも務めた。

2007年にはレッスルキングダム2の宣伝のためにブッチャーと共に登場した。


得意技

必殺技は足4の字固め。デストロイヤー以前にはバディ・ロジャースがほぼ同じ技をスピニングレッグロックとして使っていたが、フィギュアフォーレッグロックと呼び自身の看板技として広めたのはデストロイヤーである。若い頃のドロップキックは「誰よりも高く飛ぶ」と言われた。またヘッドバットフライング・ボディシザース・ドロップ、モンキーフリップ(巴投げに近い技)、倒立してのダブルニードロップなどもよく使われた。


エピソード

プロレスの歴史上初めて、マスクマンとしてヘビー級のトップ戦線で活躍したプロレスラーである。覆面をかぶったのは、当時プロレスラーのライセンスを取得していなかったため、大きな団体で試合をするには正体を隠す必要があったことと、さまざまなスポーツ(アメフトだけでなく、野球、レスリングでも活躍していた)をやっていたせいで前歯が折れていた事から、素顔をさらすのに躊躇したためといわれる。また、素顔は優しい顔立ちの人物である事から、マスクで隠す事でより迫力を出すためであったともされる。空港でもマスクを外さず、「ボク、デストロイヤー」と言って搭乗口を出ようとしたこともあるほど素顔を露出しなかったといわれているが、その一方で、ゴルフ練習場では暑かったのかマスクをその場で脱いでクラブを振るなど、よく分からない面もあった。

第5回ワールドリーグ戦の決勝戦前、リング上の力道山とキラー・コワルスキーの前にWWA世界チャンピオンとして来日したデストロイヤーは、次期シリーズに力道山相手に防衛戦を戦う旨のあいさつに訪れた。コワルスキーに手を差し出し握手するかに見えたデストロイヤーは、そのままつかつかっとコワルスキーに近づくと、平手でぴしゃっとコワルスキーの頬を張った。



[次ページ]
[オプション/リンク一覧]
[記事の検索]
[おまかせ表示]
[トップページ]
[ニュースをチェック!]
[列車運行情報]
Size:13 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki