ザ・テンプターズ
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ザ・テンプターズとは、かつてショーケンこと萩原健一がメインボーカルとして在籍していたグループ・サウンズである。

埼玉県大宮市(現さいたま市)でスカウトされデビューした。

ローリングストーンズなどの「黒っぽい」ロックを得意とした。また、GSグループとしては珍しく、リーダーである松崎由治が手がけるオリジナル曲がレパートリーの大半を占めた。

また、ザ・スパイダース田辺昭知が設立した芸能プロダクションである、スパイダクション(現・田辺エージェンシー)にスカウトされ所属していたため、弟分バンドとも言われる。

1968年発売の「神様お願い」はオリコンで2位を獲得し、続く「エメラルドの伝説」では1位を獲得し、ザ・タイガースと並ぶ人気グループサウンズとなる。翌1969年には主演映画「涙のあとに微笑みを」が公開され, 人気もピークを迎えた。

しかしブームが衰退するにつれて活動範囲はジャズ喫茶に戻っていってしまい、1971年に解散(この年1月に行われた日劇ウエスタン・カーニバルに彼らの名前は挙がってはいたのだが、実際に出演したのは萩原だけだった。実質的なラストステージは1970年のサンケイ小ホールだった)。メンバーの萩原健一と大口広司は現在も活躍しているが、再結成など復活することはないと思われる(田中俊夫は1977年に沢田研二が「勝手にしやがれ」でレコード大賞を受賞した際の授賞式に萩原健一と共に姿を見せているがその後、1997年に白血病で亡くなった)。松崎由治は、テンプターズ解散後は、東京キッドブラザーズの音楽担当者として活躍している。
目次

1 メンバー

2 ディスコグラフィー

2.1 シングル

2.2 アルバム


3 関連項目

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メンバー

松崎由治(まつざきよしはる、1948年4月16日 - )、ギター・ボーカル担当

萩原健一(はぎわらけんいち、1950年7月26日 - )、ボーカル・ハーモニカ担当

高久昇(たかくのぼる、1948年5月5日 - )、ベース担当

田中俊夫(たなかとしお、1947年11月1日 - 1997年)、ギター・キーボード担当

大口広司(おおぐちひろし、1950年11月28日 - )、ドラム担当


ディスコグラフィー


シングル
忘れえぬ君/今日を生きよう(1967.10.25)

作詞:松崎由治/作曲:松崎由治


神様お願い(1968.3.5)

作詞:松崎由治/作曲:松崎由治


エメラルドの伝説(1968.6.15)

作詞:なかにし礼/作曲:村井邦彦 オリコン1位を獲得。


おかあさん

作詞:松岡弘子,補作:松崎由治/作曲:松崎由治


純愛(1968.12.14)

作詞:なかにし礼/作曲:村井邦彦


雨よ降らないで(1969.3.25)

作詞:萩原健一/作曲:松崎由治


帰らなかったケーン(1969.7.15)

作詞:なかにし礼/作曲:かまやつひろし


エブリバディ・ニーズ・サムバディ(1969.11.25)

作詞:B.マックディル,松崎由治(日本語詞)/作曲:B.マックディル


愛の終り(1969.12)

復活(1970.3.25)

作詞:なかにし礼/作曲:川口真/編曲:川口真


出来るかい出来るかい

作詞:なかにし礼/作曲:川口真/編曲:川口真


若者よ愛を忘れるな

作詞:松崎由治/作曲:松崎由治(両面とも松崎由治が歌っていた。)


アルバム
ファースト・アルバム

5-1=0

ザ・テンプターズ・オン・ステージ

ザ・テンプターズ・イン・メンフィス(1969.12.20)

テンプターズ・デラックス(1970.5.25)

アンコール


関連項目

グループ・サウンズ

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カテゴリ: 日本のバンド | グループ・サウンズのバンド | 過去のケイダッシュ系列所属者 | 音楽関連のスタブ

更新日時:2007年11月25日(日)02:01
取得日時:2008/11/14 18:00


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担当:Mamenoki