ザ・ぼんち
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ザ・ぼんちは、1980年代前半に一世を風靡した漫才コンビ。 吉本興業所属。1973年コンビ結成。
目次

1 プロフィール

1.1 註


2 受賞歴

3 ギャグ(口癖)

4 テレビ・ラジオ

4.1 過去の出演作


5 レコード

6 テレビCM

7 師匠

8 弟子

9 外部リンク

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プロフィール
ぼんちおさむ(旧芸名・おさむ、1952年12月16日 - )


大阪市出身。本名は長瀬 修一(ながせ しゅういち)

ボケ担当

立ち位置:左

ジャズの熱狂的なファンでバンドも組んでいる。

里見まさと(さとみ まさと、旧芸名・まさと、1952年4月25日 - )


兵庫県姫路市出身。本名は里 道和(さと みちかず)

ツッコミ担当

立ち位置:右

最近落語講談にも力をいれおり講談は3代目旭堂小南陵(後の4代目旭堂南陵)の勉強会に参加し10席ほど稽古を付けてもらっている。芸名は「旭堂南総里見八犬伝」。

タイヘイ一門のレツゴー三匹に師事し[1]1973年デビュー。コンビ名の「ぼんち」は大阪船場言葉で「器の大きい坊ちゃん」の意味。ちなみに、山崎豊子小説「ぼんち」は大阪・船場を舞台とした作品である。松竹芸能からデビューしたが、和光プロダクションを経て吉本に移籍。毎日放送テレビ「ヤングおー!おー!」のユニット「チンチラチン」のメンバーで売り出し、一時は同局の「モーレツ!!しごき教室」にも出演して若手の注目株と目された。なお、「ぼんち」を名乗ってはいるが、「ぼんち揚」(名の由来が共通)のCMには出演していない。

1980年関西テレビの「花王名人劇場」やフジテレビの「THE MANZAI」で横山やすし西川きよしB&B島田洋七島田洋八)、島田紳助松本竜助西川のりお上方よしお太平サブロー太平シローらと共に爆笑漫才を披露、漫才ブームの頂点を極めたコンビへと発展した。

1981年、「恋のぼんちシート」でフォーライフからレコードデビュー、売上80万枚、オリコンでは最高位2位になる大ヒット曲となり、日本武道館を満員にした初の漫才師となった。発売当時吉本興業はこのレコードが売れるとは思わず、フォーライフからの30万円で原盤権買取の話を断ったという。

1986年にコンビ解散。 コンビ解散後は、おさむは「はぐれ刑事純情派」などのテレビドラマなどに出演、俳優としての活動を始めた。一方のまさとは、現芸名に改名し亀山房代とともに「里見まさと・亀山房代」という男女漫才コンビを組み、「ザ・ぼんち」として頂点を極めたにも関わらず若手と同じ扱いで再スタート。実績を重ね、遂には1998年上方漫才大賞を受賞。漫才ブームの折苦楽を共にした島田紳助はこの受賞をわが事のように喜び、漫才師としてのまさとの生き様に感動したという。その後亀山の妊娠により、コンビを解散。

2003年に「ザ・ぼんち」としての活動を再開。

吉本興業現社長の吉野伊佐男はザ・ぼんちの元マネージャー。

現在、中川家礼二モノマネをしたことによりTBSラジオで放送中の雨上がり決死隊がパーソナリティーを務める雨上がり決死隊べしゃりブリンッ!!にて話題になっている。

コンビの設定は男前&ボケだが、原点はアメリカの底抜けコンビ「ディーン・マーティン&ジェリー・ルイス」にある。おさむはルイスの大ファンであることを公言しており、髪型やダンス、芸風など重なる部分も多々ある。現在日本で発売されているDVDはルイス単独作だが、コンビものを見る機会があれば、いかにこのコンビが「マーティン&ルイス」の影響を受けているかが理解できる。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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