ザンスカール (Zanskar) は、カルギル地方(インド北西部のジャンムー・カシミール州の一部)にある高地の地名である。パデュム (Padum) がこの地方の最大の都市となる。ザンスカールは、ラダックの周辺地域と共に、かつてはグゲ王国 (Guge) や西チベットに属していた。
目次
1 地理
2 植物と動物
3 気候
4 人々
4.1 家畜
5 歴史
6 観光
7 関連リンク
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地理ザンスカールの位置ザンスカール・ラダック周辺の山域
ザンスカールは標高3500mから7000mに及ぶ高地で、約7000平方キロメートルの面積がある。このザンスカール高地はザンスカール河の2つの支流域から成る。ドダ河(Doda)はペンシ峠(Pensi-La,4400m)の近くにその源があり、パドュム(Padum,ザンスカールの首都)の方へ延びている本谷に沿って南東に流れている。もう一つの支流はルンナク河(Lungnak)(またはLingti、あるいはTsarapとも言う)で、その河はさらに二つの支流に分かれる。
一つはシンゴ峠(Shingo-La)の近くを源流に持つクルギアク河(Kurgiakh-chu)である。もう一つはバララチャ峠(Baralacha-La)の近くを源流に持つタサラプ河(Tsarap-chu)である。これらの2本の支流は、プルネ村(Purne)の下で合流し、ルンナク河になる。ルングナク河は北西方向に延びる非情に険しい渓谷を通り、パデュム谷に流れ込む。そこでドダ河と合流しザンスカール河となる。
ザンスカール河は、ラダックでインダス河にぶつかるまで北東方向に進む。ドダ谷とリンギティ-クルギアク谷(Lingti?Kurgiakh)の両側には北西から南東方向に延びる高山帯が横たわっている。
ザンスカールの南西方向にはヒマラヤ山脈があり、ザンスカールをキツワル(Kisthwar)とチャンバ盆地(Chamba)から隔てている。北東方向にはザンスカール山脈があり、ザンスカールをラダックと隔てている。全てのザンスカールの河川はザンスカール河に注ぎ、ザンスカール山脈に切り立った渓谷を形成し、この地方唯一の出口となっている。
これらの地形上の特徴は、ザンスカールへのアクセスの難しさを説明している。ヒマラヤ地域との交流は、結氷期のザンスカール河と山岳地帯を通ることによって行なうしかない。カルギリからのもっとも簡単なアプローチでも、険しいスル谷を通り抜けペンシ峠を越えなければならない。1979年このルートにザンスカールにおける唯一そして初めての自動車道ができた。この自動車道によってパデュムが、ラダックを通りシュリナガルと結ばれた。
これほど辺鄙な場所であったため、最近までここを訪れた西洋人は非常に僅かであった。チベット研究家のアレキサンダー・クスマ・デ・コロス(Alexander Csoma de Koros)がこの地を訪れたのは1823年であるが、それがおそらく西洋人として最初であると思われる。しかも、パキスタンと中国との国境紛争のため1974年まで外国人は立ち入り禁止にされてしまった。
ザンスカールの植物のほとんどは谷の下流域で見られ、高山植物と寒帯植物から成る。幾万ものエーデルワイスでおおわれた草原は、ザンスカールで最も印象的な光景である。標高の低いところでは大麦、レンズ豆とジャガイモなどが収穫される。その地域ではヤク、ゾー(dzo 水牛と思われる)、羊、馬と犬のような家畜も見ることが出来る。
ザンスカールで見つけるとこの出来る野生動物はマーモット、クマ、オオカミ、ユキヒョウ、キャン(Kiang ウマ科の動物・チベットロバ)、バーラル(ヒマラヤン・シープ)、アルペン・アイベックスがいる。そのほかに野生のヒツジとヤギ、ヒゲワシなども見られる。
ザンスカール高地は、ヒマラヤ山脈の北にある高地の半砂漠地帯に位置する。ヒマラヤ山脈はラダックとザンスカールをモンスーンから隔てる障壁となっている。そのため、夏には乾燥して快適な気候となる。ここ数十年間、年間降水量は増加傾向を示しているものの、夏季の降水量は不足している。
古代から、ザンスカールの村々には遠方から水が引かれている。水は畑に撒かれたり、水車などもにも利用されてきた。最近の干ばつにより水源が枯渇し、見捨てられた村も出てきた。
大部分の降水は厳しくて長い冬季に雪として降ってくる。ザンスカールの家屋は概して頑丈であるが、増加した降雪のため屋根が壊れるなどの被害が発生している。ザンスカールの地元民にとっては初めての事態である。冬の間に降った雪は降り積もって氷河になる。氷河は夏になると融けて、重要な灌漑用水となる。
人々白ヤクマニ石 ザンスカールタンツェと呼ばれる旗。人々は祈りをこめてこれをゴンパや峠に掲げる。ザンスカール南東部にあるフグタルの修道院輪廻を表す曼荼羅
ザンスカールの人口は少ない。1971年の最後の国勢調査によると、人口は6,886人であった。2005年では約10,000人程度であると予測される。
主な宗教はチベット仏教である。その一方でシャーマニズムの影響も強く残っている。また、イスラム教シーア派の少数民族も住んでいる。 ほとんどの住民は散らばった小さな村々で生活している。最も人口が集中する町は首都のパデュム(Padum)で、人口は700人ほどである。ザンスカールのほとんどの村はザンスカール河と、その2つの支流域にある。この地域は隔離されており、住民は最近までほとんど完全な自給自足で生きてきた。しかし、宗教的な道具や工芸品、宝石のため外部との交易は常に必要とされてきた。
ザンスカール人の主な仕事は牛の飼育と、耕作である。