ザグレブ(クロアチア語: Zagreb)はクロアチアの首都で、同国最大の都市。ハンガリー語でザーグラーブ ⇒Z?gr?b、ドイツ語でアグラム ⇒Agram、イタリア語でザガブリア ⇒Zagabria。
2005年現在人口973,667 人、サモボル、ヴェリカ・ゴリツァ及びZapresicを含んだ首都圏の人口は1,088,841人。この街はメドヴェドニツァ山の南斜面とサヴァ川の北岸に挟まれたところにある。海面からの標高は120m。北緯45度48分、東経15度58分。
アルパイン、ダイナリック、アドリアティック及びパノニック地方へ伸びるパンノニア盆地南西部の、地理的に恵まれた場所にあり、中央ヨーロッパとアドリア海を繋ぐ優れた交通の要衝となっている。交通の上で立地が恵まれていること、産業が集中していること(金属加工、電器、織物、化学、製薬(Pilva)、印刷、皮革、木材加工、製紙等)、科学研究施設、及び工業の伝統により、この市は経済の主導的な位置を占めている。 この市は東ヨーロッパの標準から見れば比較的裕福だが、それでも平均収入や物価は西側よりもなお低い。
ザグレブには国の政府があり、ほとんど全ての省庁がここにある。
目次
1 歴史
2 市の行政
3 都市の概要
4 輸送と交通
4.1 鉄道
4.2 航空
4.3 道路
4.4 バスと路面電車
5 都市の周辺
6 観光
7 文化
7.1 文化施設
8 その他の文化施設とイベント
9 土産品と食事
10 スポーツとレクリエーション
11 その他
12 姉妹都市
13 関連項目
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新石器時代以来この一帯に人間が居住していた(保存状態の良いローマ帝国の都市Andautoniaを含む)が、現在の名前が最初に現れるのは11世紀(1094年)である。この年にハンガリー王ラースロー1世がカプトル丘の上に僧正管轄区を設けた。それとは別の独立した集落が、近隣のグラデッツの丘に出来た。これらの居住地は1242年のモンゴル侵攻に苦しめられるが、彼らが去った後、ベラ4世王はグラデッツを王の自治市と宣言し、外国の職工を集めた。
14世紀から15世紀にかけて、二つの集落は互いに競い合った(経済的および政治的に)。僧正管轄区はグラデッツを破門し、その見返りにグラデッツはカプトルに火を放ったりしたものだった。彼らが共に手を取り合ったのは、臨時の大規模経済投機だけだった。例えば3年に一度のそれぞれ2週間続く祭りなど。これら二つの中世の丘グラデッツとカプトルは、17世紀はじめに最終的に合併してひとつの集落ザグレブとなった。今やこの近代都市の文化的中心を形成している(経済的中心と交通の中心は、それから南に移動したが)。カプトルの僧正管轄区は、それからザグレブ大僧正管轄区になった。
鉄道の築堤の建設(1860年)によって、古い郊外(それまで全く都市化されていなかった)が段階的に、規則的なブロックパターンが特徴的なドニ・グラードに合併していった。オーストリア・ハンガリー帝国時代には、ザグレブはドイツ式にアグラムと呼ばれていた。
第二次世界大戦中の1941年から1945年まではナチスの傀儡国家であるクロアチア独立国の首都がおかれていたが、同国はドイツの敗戦と共に崩壊した。
そして第二次世界大戦のあと、鉄道線路とサヴァ川にはさまれたブロックに労働者階級の住む地区が発生した。その後1950年代の中頃からサヴァ川の南に、いわゆるNovi Zagreb(新ザグレブ)と呼ばれる新興住宅地ができた。市街は東西方向にも拡大し、かつてはただの村に過ぎなかったDubrava, Podsused, Jarun, Blatoなどを飲み込んでいった。
貨物鉄道のハブとPleso国際空港がサヴァ川の南に作られた。南東にある最大の工業地帯(Zitnjak)は、サヴァ川とPrigorje地方の間にある市の東側郊外での工業地帯の拡大を代表する。
都市化された帯状の居住地が、ザグレブとその周辺の市街を繋いでいる(Sesvete, Zapresic, サモボル, デュゴ・セロおよびヴェリカ・ゴリツァ)。Sevesteはザグレブ都市圏の一部をなす最も近い市街である。実際、ザグレブ郡ではなく既にザグレブ市に含まれている(ザグレブ州にはザグレブ市は含まれない)。
ザグレブ市はクロアチアの中のひとつの州である。市政は市議会によって選出される市長が執る。現在のザグレブ市長はVlasta Pavic(社会民主党)である。市議会は51議席から成り、現在は4つの政党で占められている:
クロアチア社会民主党 (SDP) 20議席
クロアチア民主同盟 (HDZ) 14議席
クロアチア人民党 (HNS) 12議席
クロアチアのアイデンティティーと繁栄党 (HIP) 5議席
都市の概要
ザグレブ新市街
南のザグレブ中央駅から共和国広場まで碁盤の目状に広がる。創立300年以上の歴史をもつザグレブ大学、主要官庁などのネオクラシック調の建物と旧ユーゴ時代の建物、新しい高層ビルが混然としている。