ザクセン=コーブルク=ゴータ家は、ドイツのヴェッティン家の支流で、ドイツ中部にあったザクセン=コーブルクおよびザクセン=ゴータの2つの領邦からなるザクセン=コーブルク=ゴータ公国の君主の家系である。一族からは現在のベルギーの王家、イギリス・ヴィクトリア女王の夫アルバート(サクス=コバーグ=ゴータ朝の起源)、ポルトガル女王マリア2世の夫フェルナンド2世、およびブルガリアの君主も出た。
家名を各国語で表記すると次の通りである。
ドイツ語:Sachsen-Coburg und Gotha
英語:Saxe-Coburg and Gotha (Saxe-Coburg-Gotha)
フランス語:Saxe-Cobourg et Gotha
オランダ語:Saksen-Coburg en Gotha
ブルガリア語:Сакскобургготски
ポルトガル語:Saxe-Coburgo-Gotha
目次
1 ザクセン=コーブルク=ゴータ公国
2 ザクセン=コーブルク=ゴータ家
2.1 エルンスト1世とその子孫の家系
2.1.1 ザクセン=コーブルク=ゴータ公
2.1.1.1 1918年以降のザクセン=コーブルク=ゴータ公家当主
2.1.1.2 スウェーデン王家とのつながり
2.1.2 イギリス王家(サクス=コバーグ=ゴータ家)
2.1.2.1 ウィンザー家
2.2 エルンスト1世の弟たちの家系
2.2.1 ベルギー王家
2.2.1.1 サクス=コブール=ゴータ家
2.2.1.2 ベルジック家、ベルヒエ家、ベルギエン家
2.2.2 ブルガリア王家(サクスコブルクゴツキ家)
2.2.3 ポルトガル王家(ブラガンサ=ヴェッティン家)
3 系図
4 関連人物
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ザクセン=コーブルク、ザクセン=ゴータの両公国はともにドイツ連邦に加盟し、ヴェッティン家の支流が統治するザクセン諸公国の1つであった。最後のザクセン=ゴータ=アルテンブルク公フリードリヒ4世が1825年、男子の後継者なしに死去すると、ヴェッティン家の同族たちはその所領を分配した。フリードリヒ4世の養子であったザクセン=コーブルク=ザールフェルト公エルンストはゴータを獲得し、称号をザクセン=コーブルク=ゴータ公と改めた。こうして1826年、ザクセン=コーブルク=ゴータ公国は他の領邦に隔てられた2つの公国の同君連合として始まった。
1867年、ドイツ連邦が解体して新たに成立した北ドイツ連邦にザクセン=コーブルク=ゴータ公国も加盟し、1871年にドイツ帝国が成立すると構成国の1つとなった。
1918年11月18日、ドイツ革命によって最後のザクセン=コーブルク=ゴータ公カール・エドゥアルトは追放され、2つの旧公国は別個の州となった。