サンアンドレアス断層(サンアンドレアスだんそう、San Andreas Fault)は、アメリカ合衆国太平洋岸のカリフォルニア州南部から西部にかけて約800マイル(約1,300km)にわたって続く巨大な断層である。断層の活動によって周辺地域は地震の多発地帯となっている。
目次
1 概要
2 地質構造
2.1 地表面の構造
2.2 形成過程
2.3 地震活動の記録
3 研究の状況
3.1 パークフィールドにおける地震観測
3.2 掘削探査
4 次の大地震は
5 フィクションでの描写
6 脚注
7 関連項目
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カリフォルニアに地震が多いことは西部開拓時代から知られていた。1895年、地質学者のアンドリュー・ローソンが断層の存在を確認しサンアンドレアス断層と命名した[1]。細かく見れば複数の断層群からなっており、それらを合わせてサンアンドレアス断層系とも呼ぶ。断層は右ずれの横ずれ断層であり、プレートテクトニクス研究の進歩によって太平洋プレートと北アメリカプレートの境界をなすトランスフォーム断層であることが明らかにされた。
断層の活動によって周辺地域は地震の多発地帯となっている[2]。1906年にはサンフランシスコ地震が発生してサンフランシスコは壊滅状態となり3,000人が死亡した。さらに、近い将来にカリフォルニア州南部において大地震が発生する可能性も指摘されている。
地質構造米国地質調査所による断層の地図ホリスターのクリープ断層
サンアンドレアス断層は構造上3つのセグメントに区分できる。
南部セグメント(モハベセグメントとも呼ばれる)は、サルトン海から北向きにスタートし、サンバーナディノ山脈の手前で西に曲がって南側の裾野に沿って進み、カホン峠を横断して、サンガブリエル山脈の北側の裾野を進む。この領域では断層の走向とプレート運動の方向が約20度ずれているため、法線方向に応力成分が発生してスラスト断層(逆断層)が生じ、トランスバース山脈を形成している。パームデールの露頭では断層活動によって露出した地殻深部の地層が見られる。さらに、断層はフラジアパークを横断してから北へ大きく曲がる。この領域はビッグベンドと呼ばれる。ここから断層はカリゾ平原を横断する。この平原は樹木の少ない乾燥地帯であるため、上空から断層の形状をつぶさに観察できる。
中部セグメントは、パークフィールドからホリスターへ北西方向に向かっている。パークフィールドでは後述の通り周期的に大規模な地震が観測されている。ホリスターでは、断層は常にずれ続けるクリープ断層となっており、巨大地震は起こさないが、じわじわと道路や家屋を変形させる様子が観察される。
北部セグメントは、ホリスターからサンフランシスコ半島を通り、少しの間海上に出て、海岸沿いを通ってメンドシノ岬の近くまで至る。メンドシノ岬の周辺地域は3つのプレートが互いにぶつかる地質学的に不安定な地点となっている。ここから北はファンデフカプレートが北アメリカプレートに潜り込むカスケード沈み込み帯である。西方向は、ファンデフカプレートと太平洋プレートとの境界をなす横ずれ断層であるメンドシノ断層帯となる。サンフランシスコの東にはサンアンドレアス断層と平行して同じプレート運動によって生成されているヘイワード断層帯などの断層が存在している。
サンアンドレアス断層の移動速度については諸説あるが、太平洋プレートと北アメリカプレートとの相対運動は年間35mmとみられている。また、断層の両側に位置するロサンゼルスとサンフランシスコは、互いに年間6mmの速度で近づいている。サンアンドレアス断層の形成過程, Atwater (1970) を図解
サンアンドレアス断層の形成過程については依然として謎が多い。今日有力とされている Atwater (1970) の説によれば[3]、中生代から第三紀にかけてアメリカ大陸西海岸にはファラロンプレートが沈み込んでいたが、ファラロンプレートを生成していた中央海嶺までが沈み込んでほとんど消失状態となり、北西方向に動いている太平洋プレートが北米プレートと3,000万年前にぶつかってサンアンドレアス断層を形成した。太平洋プレートと北米プレートの衝突幅が広がるとともに横方向の断層も規模が大きくなり、巨大な横ずれ断層が形成された[4]。