サリュート(露:Салют、英:Salyut)「サリュート」とは「花火」の意味。
ラジコンモデルを中心とした模型メーカー京商から発売された、オフロードRCキット。
ソビエト連邦の開発した宇宙ステーション。宇宙に長期滞在するために作られた施設としては世界初である。
コナミのゲームソフト、ツインビーシリーズのキャラクターの一人。ツインビーシリーズの登場キャラクターを参照。
ここでは、2. について説明をする。
目次
1 サリュート1 - 7号の概要
2 サリュートのリスト
3 関連項目
4 外部リンク
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サリュート1 - 7号の概要
機体は初期型の1・4号、軍事目的の2・3・5号(これを特にアルマース(Almaz)1?3号という)、改良型の6・7号があり、アルマースには地上偵察用の大型光学望遠鏡が搭載されており、軍人による情報収集活動がなされた。アルマースを含めた5機は、宇宙船とのドッキング部が一箇所にしかなく、搭乗員の交代や荷物の積み下ろしの際には、宇宙船を取り外す必要があった。これは手間がかかるうえに危険も伴うため、6・7号ではドッキング部を後部に増設し、安全な搭乗員交代や荷物の搬入・搬出が可能となった。
なお、搭乗員の打ち上げ・帰還には専らソユーズが使用され、荷物の運搬はプログレスが使われている。
最後の7号は1986年のフライトを最後に使用を終了し、廃棄された。その後の宇宙活動は後継機ミールによって行われた。
2つの宇宙船がドッキングしたサリュート6号サリュート7号
サリュートのリスト
サリュート1号…1971年4月19日打ち上げ。搭乗3名。
4月23日、ソユーズ10号がドッキングするが、乗り移れずに25日帰還。
6月7日、ソユーズ11号がドッキングし、3人が搭乗。29日に離れて30日に地球へ帰還したが、大気圏突入の際宇宙船の空気が失われ、乗員が宇宙服を着ていなかったため(ソユーズは本来は宇宙服を着用した2人が乗る設計の宇宙船である)全員窒息死していた。
10月、大気圏に突入するための軌道修正が行われ、運用を終了した。
サリュート2号(アルマース1号)…1973年4月4日打ち上げ。搭乗なし。
打ち上げ後に電気回路が故障して火災、外殻が破壊され酸素が漏れて分解、搭乗前に機能停止。
コスモス557号…1973年5月11日打ち上げ。搭乗なし。
軌道投入後すぐに制御不能になった。サリュートの名前は与えられていないが、同型である。
サリュート3号(アルマース2号)…1974年6月25日打ち上げ。搭乗2名。
2号の代替機。7月にソユーズ14号がドッキング、2週間かけて地上の偵察を行った。
8月にソユーズ15号がドッキングに挑むが、ドッキング機能が故障したため中止、放棄された。
サリュート4号…1974年12月26日打ち上げ。搭乗4名。
ソユーズ17号及び18B号(18号は打ち上げ失敗)がドッキング。科学研究のため太陽望遠鏡とX線望遠鏡を搭載していた。
サリュート5号(アルマース3号)…1976年6月22日打ち上げ。搭乗4名。
ソユーズ21号、24号がドッキングし、地上の偵察を行った。途中、23号がドッキングに失敗。
サリュート6号…1977年9月29日打ち上げ。搭乗35名。
連続有人日数576日を誇り、そのうち185日滞在した者もいる。インターコスモス計画によってソ連以外の共産圏から9回にわたって宇宙飛行士を送り出した。また機体延命のため、1980年と1981年に大規模な修理を行ったが、1982年に放棄され、大気圏に突入した。
サリュート7号…1982年4月19日打ち上げ。搭乗24名。
当初より故障が続き、大規模な修繕を試みたが、1985年11月21日に最後の搭乗員が去り、放棄された。
1986年3月にソユーズT15号が新型ステーションミールを伴って接近、ミールを離れて7号とドッキングし、研究資料や機密文書を持ち出した。
外部リンクウィキメディア・コモンズには、 ⇒サリュート に関連するマルチメディアがあります。
⇒ロシア宇宙開発史
⇒宇宙ステーションへの道
⇒運命のいたずら(上)
⇒運命のいたずら(下)
⇒宇宙戦艦 …?
カテゴリ: 宇宙ステーション
更新日時:2008年7月24日(木)05:19
取得日時:2008/08/30 12:39