サミー株式会社
Sammy Inc.種類株式会社
本社所在地 日本
東京都豊島区東池袋3丁目1番1号 サンシャイン60 29階
設立1975年11月1日
業種パチンコ・パチスロ遊戯機の開発・製造・販売
代表者里見治
資本金18,222百万円
従業員数1,002名
表・話・編・歴
サミー株式会社(Sammy)は日本のパチスロ・パチンコメーカー、ゲームメーカー。
目次
1 概要
2 沿革
3 パチスロ機種一覧
3.1 3号機以前(主要機種)
3.2 4号機(主要機種)
3.3 5号機
4 パチンコ機種一覧
4.1 旧基準機(主要機種)
4.2 現行基準機
5 主なゲームソフト
6 関連会社
7 脚注
8 関連項目
9 外部リンク
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パチスロ事業ではアルゼなどとともにトップメーカーとして知られている。また、ゲーム事業においてはGUILTY GEARシリーズやパチスロシミュレーションゲーム、ゲーム用周辺機器(アスキーから事業を引き継ぐ)などを発売、アミューズメントスポットの運営も行なう他、アーケードゲーム用システム基板「ATOMISWAVE(アトミスウェーブ)」を開発、供給を行っている。
2003年12月にゲームメーカー大手のセガを買収、2004年10月1日にはセガと経営統合を行い、持株会社「セガサミーホールディングス」(SSH)を設立、サミーはSSHの100%子会社となっている。
2005年以降、サミーの家庭用ゲームソフト(GUILTY GEARシリーズ、パチスロシミュレータ等)は、販売元をセガに変更し、セガを通じて販売されることとなった(実際には、パチスロ(パチンコ)レボリューションシリーズと、その盤面以外のアーケードゲームもセガが販売することになった。このため、アトミスウェーブのタイトルもセガが販売しているが、一部タイトルの続編(KOFなど)はタイトー(Type X)販売に移行してしまった)。また、サミーが運営していたゲームセンターも、セガに移管している。
沿革
1947年 東京栄養食品設立。元々は豆腐屋だった。[1]
1965年 東京栄養食品の社名を「株式会社さとみ」に変更。アミューズメント部門を設立し、クレーンゲームやラジコンサーキットなどの開発・販売を手がける。
1967年 「サミー」ブランド誕生。当初はクレーンゲームのブランドだった。
1973年 アレンジボール機の開発・製造に進出。
1974年 中日スタヂアム事件に巻き込まれ4億円の損害を負う。
1975年 株式会社さとみの関連会社としてサミー工業株式会社設立。
1977年 ゲーム機納入先からの手形が不渡りとなり、株式会社さとみが倒産[1]。残った社員と共にサミー工業を再建し事業を継続する。
1978年 インベーダーゲームブームを受けてゲーム機開発に本格参入、東京都板橋区に工場開設。ただしこの頃は他社の様にゲーム自体をオリジナルで作るのでなく、ライセンス生産によりライセンス元と全く同じものだけを作っていた。こうして余計な体力消耗を避けた事により、インベーダーブーム後は亜流しか作れず80年代前半までに潰れていった、中小ゲーム会社と同じ運命をたどる危機を回避出来た。
1982年 パチスロ機の販売開始
1995年 パチンコ機の販売開始
1997年 商号をサミー株式会社に変更
1998年 アーケードゲームパチンコセクシーリアクション稼働
2000年 バーグレースト社を連結対象化し、商号を株式会社ロデオに変更する
2000年2月 アリストクラートテクノロジーズとの業務提携
2001年 オリジナルキャラクターを使用したTVCM「ココロのシイタケ」編放映開始
2003年10月 同社最大のヒット作、かつパチスロ史上最大のヒット作であるパチスロ北斗の拳ホール導入開始
2004年1月 IGT-Japanとの業務提携
2004年10月1日 セガと経営統合、持株会社「セガサミーホールディングス」を設立、株式交換で同社の100%子会社になる
2005年11月 アラジンシリーズ5作目「アラジン2エボリューション」(A-CタイプではなくST機)を発売