サバ島
Saba
(詳細)
地域のモットー: "Remis Velisque." meaning "With oars and sails".
公用語オランダ語、英語
主都ボトム(The Bottom)
女王ベアトリクス
知事アントワーヌ・ソラニエ(Antoine Solagnier)
面積
- 総面積
- 水域(全島)
13 km2
ごく僅か
人口
- 総人口(2004)
- 人口密度(全島)
1,424人
/km2
通貨アンティルギルダー (ANG)
時間帯UTC -4
サバ島 (Saba、発音:"SAY-ba") はカリブ海は小アンティル諸島のリーワード諸島にある島で、オランダ領アンティルに属するオランダ領の島である。シント・マールテン島のすぐ南の方にあり、シント・ユースタティウス島の近くにある島である。火山島で海岸は高さシーナリー山(ボトム山)(888m)の険崖をなし、島の周囲のほとんどが断崖絶壁に取り囲まれている。サバ島の居留地であるボトムは標高260m余の火山原にあり岩に刻まれた階段にある。
目次
1 歴史
2 地理
3 交通
4 経済
5 住民
6 外部リンク
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1493年11月13日にクリストファー・コロンブスにより発見された。コロンブスは島へ上陸はしなかったが、1595年に海賊のフランシス・ドレイクと1620年には2人のオランダ人がサバ島に上陸しいる。サバ島にはカリブ族が居たと言う痕跡があったが、1632年にサバ島で難破したイギリス人が無人島を見つけたと主張している。同年にオランダ人が初めてサバ島を占領。しかし、1635年にフランスがサバ島の領有を主張した。1640年にオランダはサバ島の領有を取るため、シント・ユースタティウス島の近隣の島からあるオランダ人をサバ島に送った。1665年には海賊達が避難所としてサバ島に住み着き始めた。1816年に正式にオランダの領土になるまでの21回もサバ島はイギリスやフランスやスペインなどのヨーロッパ諸国との間で領有しあった。1954年にオランダ領アンティルの一部になり、オランダ領アンティルの政府から独自の自治権を与えられている。
サバ島は火山島で陸地面積13 km2 (5 平方マイル)で海岸は無く断崖絶壁に取り囲まれている。ここの現在の主要な居留地はボトム (Bottom)、Windwardside、Hell's Gate 及びセントジョーンズ (St. Johns) が含まれる。
シント・マールテン島から船でサバ島に行くことが出来るが、島の北東部に世界で最も小さいファンチョ・E・ヨラウスクィン飛行場(Juancho E Yrausquin Airport)と言う商業空港がある。空港と言っても小さな滑走路が1本あるだけで、断崖絶壁に取り囲まれた小さな平地の土地の所に建設されている。
農業は主に自給自足でイモ類などを栽培している。サバ大学医学大学院の学生が支払う授業料が島の重要な収入源になっている。観光産業もサバ島の重要な産業の一つだが、観光客はあまり多くなく、日帰りで訪れる観光客がほとんどなので観光収入は限られる。
2001年、現在のオランダ領アンティルの国勢調査で、人口は104 inh. per km2 の平均的人口密度に、居住者1,349人である。2004年の人口は居住者1,424人であると推定される。 島民はヨーロッパ系の白人が多く、17世紀にジャマイカから来た海賊の子孫だと言われている。
宗教はプロテスタントなどのキリスト教で、公用語はオランダ語であるが、英語も通じる。
外部リンク
⇒Saba Tourist Bureau(英語版)
⇒Lonely Planet on Saba(英語版)
ウィキメディア・コモンズには、 ⇒サバ島 に関連するカテゴリがあります。
カテゴリ: オランダ領アンティルの島 | 西インド諸島
更新日時:2008年9月29日(月)18:30
取得日時:2008/10/01 23:15