サクランボは桜桃(おうとう)とも呼ばれ、バラ科サクラ属の落葉高木、およびその果実をさす。 果実は丸みを帯びた赤い実が多く、品種によって黄白色や葡萄の巨峰のように赤黒い色で紫がかったものもある。中に種子が1つある。
サクランボの生産地として有名な山形県では県の木として制定されている。
生産者は桜桃と呼ぶことが多く、商品化され店頭に並んだものはサクランボと呼ばれることが多い。木を桜桃、果実をサクランボと呼び分ける場合もある。
サクランボという名前の由来は「桜の坊」。つまり桜の実という意味であるが、観桜に用いるサクラの実は食用に用いられる桜桃とは違って大きくならず、食用にする果肉部分も厚く生長しない。生食用にされるのは主にセイヨウミザクラ(Prunus avium)の実であり、日本で食されるサクランボもほとんどがこれに属する。その他調理用に酸味が強いスミミザクラ(Prunus cerasus)の実もよく使われる。
桜桃は異なる種類で交配しなければ果実が実らない他家受精である。また、品種間に相性があり、異なる品種なら何でも良いというわけではない。例えば佐藤錦ではナポレオンとの相性がよい。
一般には「初夏の味覚」であり、サクランボや桜の実は夏の季語であるが、近年では温室栽培により1月初旬の出荷も行われている。正月の初出荷では贈答用として約30粒程度が入った300グラム詰めで3万円から5万円程度で取り引きされ赤い宝石と呼ばれることがある。
目次
1 歴史
2 品種
2.1 早生種
2.2 中生種
2.3 晩生種
3 産地
3.1 世界
3.2 日本
3.3 主な産地
4 関連
5 サクランボを題材にした曲
6 注釈、出典
7 外部リンク
//
サクランボは有史以前から食べられていた。桜桃の一種である甘果桜桃(セイヨウミザクラ, Prunus avium)はイラン北部からヨーロッパ西部にかけて野生していた。古代ギリシア時代に栽培されていた記録が残されている。また別の品種である酸果桜桃(スミノミザクラ, Prunus cerasus)の原産地はアジア西部のトルコ辺り。紀元前65年にルキウス・リキニウス・ルクッルスによってイタリア半島へもたらされたという[1]。ただし、青銅器時代のイギリスでサクランボの種が発掘されていることから[2]、スイスの植物学者アルフォンス・ド・カンドル ( ⇒en) は、ルクッルスがコーカサスから持ち帰ったのは、セイヨウミザクラの一栽培品種だったとの仮説を述べている[3]。
この二品種は黒海沿岸からヨーロッパ諸国へ伝わり、特にイギリス・フランス・ドイツで普及した。16世紀ごろから本格的に栽培されるようになり、17世紀にはアメリカ大陸に伝えられた。 これらが日本に伝えられたのは明治初期で、ドイツ人のガルトネルによって北海道に植えられたのが始まりだとされる[4]。その後、北海道や東北に広がり、各地で改良が重ねられた。 さらに別の品種に中国桜桃(シナノミザクラ, Prunus pseudocerasus)・唐実桜(カラミザクラ)があり、これは中国原産。江戸時代に清から伝えられ、西日本でわずかに栽培されている[4]。これは、材が家具、彫刻などに使われる。暖地桜桃とも呼ばれる。「桜桃」という名称は中国から伝えられたものである。
早生種
ジャボレー
フランス原産。酸味が強く糖度が低い。このため生食に用いられることは少ない。ジャム、果実酒等の加工用に適し、受粉用に栽培されていることが多い。収穫時期は6月上旬から始まる。時期が進むにつれ、果実の色が朱色から濃紺へと変化する。
中生種
高砂
アメリカ原産。収穫時期は6月中旬。元名はロックポートピカロー。
佐藤錦(さとうにしき)
国内で最も多く生産されている品種。ナポレオンと黄玉を交配してできた。名前は交配育成した山形県東根市の佐藤栄助にちなむ。苗の販売業者が渋る佐藤を押し切り「砂糖のように甘い」という意味も込めて名づけたそうだ。6月下旬に収穫される。糖分が多く生食に適す。