艦歴
起工1939年 7月5日
進水1941年 6月7日
就役1942年 3月20日
退役1947年 1月31日
性能諸元
排水量基準:35,000トン、満載:44,374トン
全長207.36m
全幅32.95m
吃水10.35m
最大速27.8ノット
乗員士官・兵員:2,364名
兵装45口径40.6cm砲:9門
38口径12.7cm砲:16門
56口径40mm対空砲:68門
70口径20mm対空砲:76門
サウスダコタ (USS South Dakota, BB-57) はアメリカ海軍の戦艦。サウスダコタ級のネームシップ。艦名はアメリカ合衆国40番目の州に因む。その名を持つ艦としては2隻目。
目次
1 艦歴
2 同型艦
3 関連項目
4 外部リンク
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サウスダコタは1939年7月5日にニュージャージー州カムデンのニューヨーク造船所で起工し、1941年6月7日にハーラン・J・ブッシュフィールド夫人によって命名、進水、1942年3月20日に初代艦長トーマス・L・ギャッチ大佐の指揮下就役する。サウスダコタは旗艦設備のため38口径12.7cm砲の数が同型艦より4門少なく装備されている。
フィラデルフィアでの艤装完了後、サウスダコタは6月3日から7月26日まで整調訓練を行う。8月16日にフィラデルフィア海軍工廠を出航、パナマに向かう。8月21日にパナマ運河を通過し、トンガのヌクアロファに9月4日到着する。その二日後、ラハイ水道で海図にない囲い柵に衝突し船体に大きな損傷を受ける。9月12日に真珠湾へ向かい補修を受ける。
修理が完了するとサウスダコタは10月12日に出港し、空母エンタープライズを中心とした第16任務部隊と共に訓練を行う。同部隊は10月16日に真珠湾で再編され、空母ホーネットを中心とした第17任務部隊となり、エスピリトゥサント島の北東に10月24日集結する。第61任務部隊と合流した第17任務部隊は、トーマス・C・キンケイド少将の指揮下サンタクルーズ諸島の敵を排除し、ガダルカナル島海域の封鎖を命じられた。
PBYカタリナ偵察機が10月25日の正午に日本軍の空母機動部隊を発見、第61任務部隊は攻撃のため北西へ向かう。翌朝早朝に日本軍部隊はアメリカ艦隊を発見し、南太平洋海戦の火蓋が切って落とされた。空戦が始まったとき、サウスダコタとエンタープライズの部隊はホーネット部隊からおよそ20kmの海域にいた。
日本軍の攻撃第一陣はホーネットに集中した。10:45、サウスダコタはエンタープライズのそばで急降下爆撃機に対する対空砲撃を行っていた。およそ一時間後、約40の雷撃機が2隻に攻撃を行う。急降下爆撃機と雷撃機から成る敵攻撃第3波が12:30に襲来し、サウスダコタは一番主砲塔上に250kg爆弾の直撃を受ける。その夜攻撃は終了し、アメリカ艦隊はニューカレドニアのヌーメアに退く。サウスダコタは敵機26機を撃墜した。
10月30日の04:14、サウスダコタは駆逐艦マハン(USS Mahan, DD-364)と衝突する。マハンは船首が曲がり構造材が大破した。また、火災は直ちに鎮火された。両艦はヌーメアに帰還し、サウスダコタは工作艦ヴェスタル(USS Vestal, AR-4)から補修を受けた。
11月11日にサウスダコタは第16任務部隊の一部としてヌーメアからガダルカナル島へと配置変更される。11月13日にサウスダコタはウィリス・A・リー少将率いる第64任務部隊に合流する。部隊は戦艦ワシントン(USS Washington, BB-56)、駆逐艦プレストン(USS Preston, DD-379)、ウォーク(USS Walke, DD-418)、ベンハム(USS Benham, DD-397)、グウィン(USS Gwin, DD-433)から成った。翌晩の23:30に部隊はガダルカナル島から南西90kmの水域で、サボ島沖を00:30から02:30の間に通過するという敵艦隊を待ち受ける。この艦隊は近藤信竹大将率いる戦艦霧島、重巡洋艦高雄、愛宕と護衛の駆逐艦から成る艦隊であった。
近藤提督の部隊は軽巡洋艦長良と6隻の駆逐艦グループ、軽巡洋艦川内と3隻の駆逐艦グループ、残りの艦艇と三つに分割された。七日月に照らされた海面は良好な視界であった。三隻がサウスダコタの艦橋から視認され、距離はおよそ18,100ヤード(16.6 km)であった。ワシントンが戦艦か巡洋艦と思われる先導艦に対して砲撃を開始し、1分後にサウスダコタも主砲による砲撃を開始した。両艦の射撃は目標に命中し、サウスダコタは一方の目標にレーダースクリーンから光点が消滅するまで砲撃を続けた。三番主砲塔で砲撃中に火災を生じ艦載機を破壊したが、目標が沈むまで砲撃は続けられた。副砲ではサボ島に接近する8隻の駆逐艦に対する砲撃が行われた。
短い凪があり、レーダーは4隻の敵艦を示した。敵艦は5,800ヤード(5.3 km)の距離で右舷方向から接近した。日本軍艦艇によるサーチライトの照射はサウスダコタの艦影を照らし出した。ワシントンが最大と思われる艦に対して砲撃を始め、サウスダコタは重巡洋艦と思われる3隻目に対して砲撃を始めた。サウスダコタは少なくとも3隻の敵艦から砲撃を受け、42発が命中し大きな損害を受ける。通信管制塔が破壊され、レーダーも破壊された。3つの射撃管制レーダーに損害を受け、艦首部分で火災が発生した。サウスダコタはワシントンを見失い、これ以上の損害を生じさせることはできず後退を始める。ワシントンとは設定水域で合流し、ヌーメアに帰還する。アメリカ艦隊の内グウィンだけが帰還した。ウォルケ、プレストンが撃沈され、ベンハムは魚雷により艦首部分を大きく損傷しグウィンの護衛を受けながらヌーメアに向かったが、途中放棄されグウィンの砲撃で沈められた。日本側の損害は高雄、愛宕への命中弾が記録され、霧島、綾波が撃沈された。