グラフィカルユーザインタフェース(Graphical User Interface, GUI,ジーユーアイ,グイ)はコンピュータグラフィックスとポインティングデバイスを用いて、直感的な操作を提供するユーザインタフェース。 キャラクタユーザインタフェース (CUI) と対比して語られることが多い。
グラフィカルユーザインタフェースは、視認性、操作性に優れ、直感的な操作が可能なため、広く普及し、現在では主流のインタフェースになっている。
目次
1 歴史
2 概要
2.1 構成要素
2.2 その他
2.3 グラフィカルユーザインタフェースにおけるタスク管理
2.4 ポインティングデバイスによる操作
2.5 グラフィカルユーザインタフェースとキーボード
2.6 グラフィカルユーザインタフェースと各種デバイス
2.7 タッチパネルによるグラフィカルユーザインタフェース
3 GUIを採用しているオペレーティングシステム/アプリケーション
4 関連項目
5 参考文献
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歴史SAGE制御室。スクリーンにはアメリカ東海岸が表示されている。二つのターゲットが追跡されているところ
世界初の実用となったGUIは1963年に完成した半自動式防空管制組織(SAGE)なるアメリカ空軍の開発した防空管制システムである。これはCRTとライトガンを備えており、核爆弾を搭載した敵航空機を迎撃するために多数のレーダーからの情報を統合し、複数のオペレーターがライトガンで迎撃目標を指示するだけで全軍の適切な箇所に自動で指令が届き、その結果レーダー情報の膨大さを気にすることなく的確に敵機を迎撃できるというものであった。リアルタイムに膨大な情報から適切な選択を行うという点において、このシステムはGUIの本質を示すものである。CUIは軍用ではそれほど大きな需要が無く、むしろ冷戦構造下ではGUIの方が需要があり先に実現されていた。民生用の技術に限定すればCUIの方が先に普及し、後からGUIが現れたと誤解されがちである。[1]
その次に登場した実用的といえるGUIはマウスの発明者であるダグラス・エンゲルバートにより開発されたNLSである。このシステムはエンゲルバートの提唱する「人間知性の拡大」という概念を実現するために作られており、ハイパーテキスト、ハイパーリンク、マルチウインドウなどの今日的なGUIには必須の概念を実装して見せたきわめて革新的なものである。またジャーナルと呼ばれるハイパーテキストベースの文書共有システムは正にWikiと同じ概念である文書によるコラボレーション・グループウェアを実装したものである。今日見られるGUIはこのとき確立された概念がより高性能の整備された環境で実装し直されているだけともとらえられる。
また、NLSの本質は単なるGUIの実装ではなく、GUIは会話・画像・文書をリアルタイムで共有する電子会議を通じた知的共有グループウェアを実現するための手段であった。さらに、後にWYSIWYGと呼ばれることになる機能もこのとき既に実装されていた。[2] エンゲルバートのNLSは今日のGUIの概念をほとんど実現していたが、あくまで研究レベルであったため習得の容易さという観点からは十分とは言えなかった。また、理念はかなりの程度実装はされていたが、ハードウェアの性能・価格が実用的とは言えなかった。その後のGUIの歴史は新機能が増えていったというよりむしろ、わかりやすくするために機能が削られ、ハードウェアの性能が上がり、価格が下がることで実用性が増していったという点に尽きる。 それらを参考にしたアラン・ケイにより、誰でも簡単に使えることを目指して暫定Dynabook環境が作られた。当初は標準システム的な位置づけで開発されたSmalltalk-72は、Data General社のNovaから、約5〜10倍の能力とビットマップディスプレイ、マウスを装備したAltoへと移植され、マシンパワーを得るとすぐにオーバーラップ可能なウインドウシステムの構築が試みられた。