クリフ・リー
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クリフ・リー
Cliff Lee
クリーブランド・インディアンス No.31


基本情報
国籍 アメリカ合衆国
出身地 アーカンソー州ベントン郡
生年月日1978年8月30日(29歳)
身長
体重6' 3" =約190.5cm
190 lb =約86.2kg
選手情報
投球・打席左投左打
守備位置投手
プロ入り2000年 ドラフト4巡目
初出場2002年9月15日
年俸$4,000,000(2008年)[1]
経歴


クリーブランド・インディアンス(2002年 - )

■Template  ■ウィキプロジェクト 野球選手

クリフトン・ファイファー・"クリフ"・リー(Clifton Phifer "Cliff" Lee, 1978年8月30日 - )は、アメリカ合衆国アーカンソー州ベントン郡出身の野球選手。左投げ左打ちの投手で、クリーブランド・インディアンスに所属している。
目次

1 経歴

2 選手としての特徴

3 年度別成績

4 脚注

5 外部リンク

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経歴

高校卒業時の1998年フロリダ・マーリンズからドラフト8巡目で指名されたが、短大へ進学。1998年にドラフト20巡目でボルチモア・オリオールズからの指名されたが契約せず、大学へ進学。2000年のドラフト4巡目でモントリオール・エクスポズ)に指名され入団。

2002年6月27日にグレイディ・サイズモアらと共にバートロ・コロンの交換要員としてトレードでクリーブランド・インディアンスへ移籍。9月15日にメジャーデビューを果たした。初登板で初先発を任され、6回途中まで投げ、4四球を与えたものの、被安打2、自責点1に抑えるもチームが1点も援護できずに負け投手となった[2]

2003年は9試合の登板に終わったが、2004年は開幕から好調で、5月末では10試合に登板し、5勝0敗という成績を残していた[3]。しかし、6月に入ると月間防御率が5点台にまで落ち、7月と8月は月間防御率が7点台で、6月以降の23試合で被本塁打は28本[3]。最終的にはチーム最多タイの14勝でシーズンを終えたが、防御率は5.43だった。

2005年は開幕から勝ち星を重ね、最終的にはリーグ2位の18勝と、防御率3点台を残した。勝率は.783をマークし、球団史上、1951年のボブ・フェラー以来のリーグ1位となった[4]

2006年は5月に6試合で1勝4敗と調子を崩したが、6月は5試合で4勝と持ち直し、最終的には2005年ほどの数字は残せなかったものの、チーム2位の14勝をマークした。

球団は2007年から3年総額1400万ドル4年目の2010年は800万ドルの球団オプションで契約延長したが[5]、スプリングトレーニングで左脇腹を痛め、2007年の開幕を故障者リスト入りで迎えた[6]。5月3日にメジャー復帰を果たしたが、制球が悪く[6]、7月16日から7月26日にかけて球団史上ウェス・フェレル以来74年ぶりとなる3試合連続7自責点を記録し、マイナーへ降格した[5]。チームはプレーオフ進出を果たしたが、ロースターから外れた[4]

2008年のスプリングトレーニングでは速球の制球力と怪我をしないことを重点を置き、レギュラーシーズンを迎えた[4]。開幕から好調で5先発した時点での被出塁率.163は99年ぶりの低い数字で、4月は防御率0.96・5勝0敗でピッチャー・オブ・ザ・マンスを受賞した[7]。5月7日にかけて6回の登板すべてで勝ち投手となり、6月9日にリーグで最初に10勝に到達した[4]7月15日に行われたオールスターではアリーグの先発投手を務め、2回を投げチッパー・ジョーンズの1安打、無失点に抑えた。



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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki