ギャンブルレーサー
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ギャンブルレーサー
ジャンル競輪漫画
漫画:ギャンブルレーサー
作者
田中誠
出版社講談社
掲載誌モーニング
レーベルモーニングKC
発表期間1988年6月 - 2002年
巻数全39巻
漫画:二輪乃書 ギャンブルレーサー
作者田中誠
出版社講談社
掲載誌イブニング
レーベルイブニングKC
発表期間2002年 - 2006年1月
巻数全7巻
漫画:ギャンブルレーサー第二の人生 セカンドレーサー
作者田中誠
出版社徳間書店
掲載誌週刊アサヒ芸能
発表期間2013年12月 - 2015年3月
話数全61話
テンプレート - ノート
プロジェクト漫画
ポータル漫画

『ギャンブルレーサー』は、田中誠が描いた競輪漫画。

講談社の漫画雑誌『モーニング』に1988年6月から隔週(一時期月3回掲載の時期もあり)で連載されていたが、後に『イブニング』に移動し、タイトルも『二輪乃書 ギャンブルレーサー』(にりんのしょ ギャンブルレーサー)と改められた。通算18年にも及ぶ長期連載の末、2006年1月に一度完結した。

その後、2013年12月より2015年3月まで、徳間書店の『週刊アサヒ芸能』にて、『ギャンブルレーサー第二の人生 セカンドレーサー』として続編が掲載された。
概要

競輪の世界を、競輪選手である関優勝(せき まさかつ)を主人公に描く競輪漫画。

連載開始当初は、競輪選手である関優勝の私生活(ギャンブル漬け)を面白おかしく描いた構成で、競輪のレース場面の比重はそれほど高くなかった。レースが描かれた場合でも、関が全員を落車させたり、走路審判員が打鐘しながら唾を吐くようなナンセンス漫画的なシーンも多いものであった。だが、段々とリアルな競輪のレース展開に比重を置いていくようになり、やがては実際の車券作戦の参考にもできるほどの競輪の入門書的な要素が強くなった(そのため、後年は台詞の文量が増えている)。関優勝だけでは話に限界があるため、のちに売二などの弟子が登場するようになり、終盤では元甲子園球児でドラフトを拒否して競輪選手になった息子の優一の活躍に比重が置かれるようになった。

時に大げさに「このレース売り上げゼロ」「本日入場者ナシ」などと競輪の存続の危機状態が描かれることがあり、特に2004年以降の連載においてその傾向が顕著になった[1]。最後は、2005年KEIRINグランプリをもって連載を終了した。

連載初期は「ギャンブルは悪、犯罪!ゆえに競輪(公営競技)も同じ!それを公共の雑誌(笑)に載せるとは何事だ!今すぐ掲載中止せよ!」という投書が来たり、日本自転車振興会(現、JKA)からでさえ「競輪をマンガにするとは何事だ。上の命令で即刻打ち切りを求む!」というクレームがあったと作者は回想している[2]
主な登場人物
関の家族
関 優勝(せき まさかつ)
主人公の競輪選手。
1959年1月1日生まれ[3]日本競輪学校(現、日本競輪選手養成所。以下、作中の表記に倣い旧称の「競輪学校」で表記)37期・日本競輪選手会東京支部・西武園クラブ所属。作中を見る限り師匠はいない[4]ギャンブルをこよなく愛し、暇さえあれば麻雀パチンコ競馬、特に競艇に繰り出して大金をスってしまい、妻との諍いが絶えない。実家は豪農の出で財産もかなりあったが、ロクデナシの父が競輪で財産のほとんどを食いつぶし、母も小学生のときに喪ったため、父が心臓発作で他界した時に残されていた財産は愛車のクラウンだけという有様だった。その為、競輪選手になって金を取り戻そうと決意し、中学卒業[5]後、一浪[6]して競輪学校に入学し、競輪選手となる。過去に9回も特別競輪(現在のGI)の決勝戦に進出するなど選手としての能力も一流だが、特別競輪のタイトルは獲れなかった[7][8][9]。番手のためなら失格をも厭わないスタイル故に、単行本6巻では3競走連続失格(京王閣初日失格→2日目失格帰郷[10]→弥彦初日失格)という前代未聞の事態を引き起こす。失格による事故点と不調が重なり、S級1班からA級4班に転落する羽目になった上に、3か月間の斡旋停止を喰らう。A級戦では特進を狙うも、何度も失敗し結局特進を決めたのはその期の最終競走(しかも、特進を決めなくても次の期からはS級復帰が決まっていた)という詰めの甘さも目立つ。計算高く、関軍団が呆れるなかで色々な企みをするが、前述の通り詰めが甘すぎてうまくいかないことが多い。「怠けるために努力する男」というコピーが表紙を飾ったこともあった。若い頃は旧A級1班→S級1班に所属し、年間獲得賞金4000万円以上とかなりの成績を勝ち取っていたが、年齢を重ねるごとに脚力が衰えて稼ぎも昔ほどでなくなり、本作の終盤では政治家への転身等の安直な逃げ道を夢見て零落の日々を送るようになる。初期は短髪であったが、徐々に毛髪量が減り、中期以降は見事なハゲ頭となる。作者の別作品『プロの生活』にてA級3班に落ちた関が登場し、本作の続編になる『セカンドレーサー』では選手をクビになるなど更に没落している。東京都東大和市に居を構える。ホームバンクは西武園競輪場で、西武園競輪場では実際に「関優勝牌」なる競走(後述)が行われている。
関 鐘子(せき かねこ、初期には実父から「じゃんこ」と呼ばれたことも)
優勝の妻。旧姓井上。夫とは正反対の常識人。父・利明の借金のカタに、大学時代から付きまとわれていた関と泣く泣く結婚させられる。ロクデナシの夫とは口喧嘩が絶えず夫婦仲は悪く、連載中でも一度は離婚を決意したこともある。関とは違い、頭の良さを活かして関を手玉にとる事も多く、何だかんだで関も頭が上がらない。関軍団の面々からは夫がいじめ続ける弟子達を暖かく支えてきた奥さんとして慕われている。専業主婦で二児の母。
関 優一(せき ゆういち)
優勝の長男。「優勝戦一着」から取った。通称・優坊。顔は母親似か。高校時代は投手として享帝大多摩川高校で夏の甲子園に2度出場。1年生の夏は開会式直後の第1試合で9回までノーヒットノーランながら打線の援護を得られず、延長戦で負けを喫する。2年生の夏は準決勝まで進出。3年生時も甲子園出場の有力候補だったが、地区予選1回戦で起きた「手抜き事件」をきっかけにマスコミにハメられ、以後の予選出場を辞退。ちなみに春の甲子園は、1年生時は秋季大会でチームが早々と敗退、2年生時は夏の甲子園後に部員の多くがファンの女子達と交際を始めたことが「不純異性交遊」だとしてマスコミに叩かれ秋季大会の出場辞退を余儀なくされたため、いずれも出場を逃している。その豪腕ぶりからドラフト会議では1位指名が確実視されていた。本人、父共に当初から競輪選手志望であったが、父の邪悪な誘惑に乗せられて、そのことを明言せずに各球団のスカウトから料亭風俗等の接待を受けまくる。のちに優一の良心が咎めたため、ドラフト会議直前に競輪学校への入校を明言し、ドラフト指名拒否の姿勢を公表した。後に子供の頃からの夢であった競輪選手(武田豊樹山崎芳仁らと同期である88期)となり、中野浩一のような傑出した脚力を活かして関軍団をはじめとする関東地域の強力な機関車(逃げ・捲り主体の先行選手)としてGIレース決勝戦にも勝ち残るなど大活躍。2005年、第48回オールスター(売とのワンツー)に続いて第21回全日本選抜も優勝しGIを連覇、父でさえ成し得なかったビッグタイトルを獲得する。同年のKEIRINグランプリでは惜しくも2着。
関 優宝(せき ゆうほう)
優勝の次男。「優勝して競輪国宝になる」と思いついて取った。顔も性格も父親似の悪ガキ。小学生。
関軍団

関の元に最初に弟子入りしてきた金尾はモノにならなかったが、その後に入れた売以後、続々と彼の元に有力な選手が弟子入りし、連載終了時には関優勝と大場以外はS級選手と、一大軍団となっていった。
常荷 金作(つねに きんさく)
元々は売の家庭教師に雇われた大学生(
駿河堪忍大学教育学部中退)。静岡の実家で常に借金取りから追われていたせいで自転車での逃げ足は速く、付き添いで売と最後の挑戦となる金尾と共に試しに競輪学校を受験したら見事合格。藩屏を欲しがった関に説得されて、大学を中退して競輪選手になる。デビューから暫く9着(最下位)続きなど競輪選手としてはやや出世が遅れたが、現在は立派にS級選手として活躍中。一時期競輪界の将来を案じ、売とともに引退を考えるが撤回した。初期は、黒ブチ眼鏡のガリ勉学生のような冴えない風貌だったが、一人の女性にフラれてから口髭を生やすなど大胆に(ヤクザ風に)イメチェンした。家族は3人で妻の郁子(いくこ)と長女の良子(よいこ)がいる。関軍団の兄貴的存在。愛車は近所のおじいさんから10万円で買ったオート三輪
売 二(うり ふたつ)
通称:ウリ。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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