キプロス島(-とう)は、中東、トルコの南にある地中海の島。地中海ではシチリア島、サルデーニャ島に次いで3番目に大きな島である。
目次
1 地理
2 産業
2.1 特産物
2.2 土地使用
3 自然災害
4 環境
4.1 現在の問題
4.2 国際協定
5 歴史
6 関連項目
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地理衛星写真(2001年)各政治主体による分割支配状況(灰色は国連緩衝地帯)
位置:北緯35度、東経33度
面積:総面積:9,250 km2(うち 3,355 km2 が北キプロス・トルコ共和国、254 km2 がイギリス主権基地領域アクロティリおよびデケリア、残りはキプロス共和国)
陸地面積:9,240 km2
水域面積:10 km2
日本の四国(18,296.37 km2)の約半分の面積。
海岸線:648 km
海域
大陸棚:深度 200m までの占有権
領海:12 km
気候:暑くて乾いた夏と涼しい冬がある地中海性の温暖な気候。
地勢:中央に平野、その南北に山地、南の海岸に沿って点在する重要な平野がある。
海抜:
最低:地中海 0 m
最高:オリンポス山 1,951 m
特産物
銅(製品)、黄銅(製品)、石綿、石膏、材木、塩、大理石、粘土質の顔料、ワイン
(1993年試算)
耕地:12%
通年農地:5%
通年牧草地:0%
森林:13%
その他:70%
灌漑地面積:390 km2(1993年試算)
穏やかな地震
現在の問題
水源の確保。(自然の貯水池がなく、季節によって降雨量が変動する。また海水が地下水に混ざり、北へ行くほど塩分が増す。)
汚水や家庭ごみによる水の汚染。
海岸の変質。
京都議定書など。
キプロス島には先史時代から文明があったと考えられている。地中海貿易の中継点として栄え、ペルシャ、ギリシア、ローマなど、時代ごとの強大な国家の支配下に置かれた。東西ローマ帝国分裂後はビザンツ帝国に属したが、1191年には第3回十字軍に参加したイングランドのリチャード獅子心王に占領され、その後テンプル騎士団に譲渡されている。
その後エルサレム王であったギイ・リュジニャンに売却され、1489年以後はヴェネツィア共和国領となり、1570年から1571年にかけてオスマン帝国に占領された。1878年、オスマン帝国がロシアに敗北を喫したことを機に、統治権はイギリスに移る。当初はオスマン帝国から貸借を受けイギリスが統治するという形式をとっていたが、1925年にイギリスの直轄統治領になる。第二次世界大戦後は反英テロが活発化し、イギリス本国と対立を深めていたが、1960年にキプロスとして独立が承認された。
関連項目
ゼノン(ストア派)
カテゴリ: キプロスの地理 | 地中海の島 | アケメネス朝 | 古代ギリシア | ローマ帝国 | 東ローマ帝国 | ヴェネツィア共和国 | オスマン帝国
更新日時:2008年4月29日(火)17:30
取得日時:2008/09/29 20:52