カルト映画
無料のエ○本?高画質
動画も対応オススメ!

[Wikipedia|▼Menu]

カルト映画またはカルトフィルムとは、熱狂的ファンによる小グループによって支持される映画、または、そのような支持者によって長年に渡って支持され続ける映画のことである。すなわち、ある種のジャンル・テーマ・モチーフ・演出方法等による分類方法ではなく、その作品が“特定の観客にどのように受け入れられているか”、という現象面によって分類されるべき映画である。当然、厳密な分類は期待できず、また、定義自体が変わらなくても時代や社会によって、その外延は変化する。

ある映画がカルト映画として成立していく条件は、特定の観客がその映画をどう受け止めるか、その映画に対しどのような関係を築いていくかに依っている(商業的な成績は関係ないが、一般に「狭く深い熱烈なファンをもつ作品」であることから、あまり成功してはいないことが多い)。

例えば、『ロッキー・ホラー・ショー』(The Rocky Horror Show、1975年) は、公開当時は商業的大失敗に終わったが、翌年のニューヨークでの深夜上映会を皮切りに、パーティのような気分で劇場に通い詰める観客が急増していき、ある種の社会現象となっていった。この映画を「最初のカルト映画(として認識されたもの)」として推す声は現在でも多い。それ以前の作品で現在カルト映画と認められているものは、後世の評価としてカルト映画と認識された作品、ということになる。

以下のリストには、『スターウォーズ』のように今ではカルトというよりメインストリーム映画の扱いを受けているものもある。

注意:以降の記述で物語・作品に関する核心部分が明かされています。
目次

1 カルト映画に見られる特徴

2 カルト映画一覧

2.1 1910年代

2.2 1920年代

2.3 1930年代

2.4 1950年代

2.5 1960年代

2.6 1970年代

2.7 1980年代

2.8 1990年代

2.9 2000年代


3 関連項目

//


カルト映画に見られる特徴

一般にカルト映画と呼ばれるものにはいくつかの特徴があり、それ故に興行的に大ヒットを収めるケースは少ない。しかしながらその特徴故に一部のマイノリティからは熱狂的な支持を受ける作品である。また難解なシナリオ、生理的嫌悪感を催したり社会通念的にマイノリティであるテーマで内容的に世間との軋轢を生み、社会通念上好ましくないとされる作品も少なくなく、場合によっては上映禁止やフィルムの没収、廃棄などもおこなわれるケースがあり、それが更に作品のカルト度を高める結果に繋がる場合がある。[要出典]


カルト映画一覧

以下に、カルト映画と呼ばれる作品を公開年順に列挙する。()内は特筆ない限り監督。

リストに加筆する方はなるべく「その映画のカルト性」も書いてください。リストを伸ばす前に必ず合意事項に目を通すこと。


1910年代

1919年

カリガリ博士(ローベルト・ヴィーネ)
高い芸術性が現在でも評価されている作品。ヴェルナー・クラウスの怪演や奇抜にデフォルメされたセットが特徴であり、それらは後々のホラー映画にも影響を与えている。


1920年代

1929年

アンダルシアの犬ルイス・ブニュエル
短編サイレント映画脚本は画家であるサルバドール・ダリが担当している。内容は極めてシュール。しかし、冒頭の女性が眼球を切りつけられるシーンや、ピアノの上にロバの死体を乗せて引きずるシーンなど、映像面では他の追随を許さないほど衝撃的である。


1930年代

1932年

フリークストッド・ブラウニング
全米からサーカス等で活躍する畸形の人物を集めて撮影された。あまりにもショッキングな内容に、上映中に映画館から逃げ出す人間が続出、果てはショックで流産したとして訴訟を起こす人間まで現れたため会社側が作品を封印したという、いわくだらけの映画。監督のブラウニングはこの作品以降、業界を追放されている。30年間上映禁止となっていたが、現在ではむしろカルト映画の傑作と評価されている。

1933年

我輩はカモである(レオ・マッケリー
マルクス兄弟主演の過激なコメディ映画。ヨーロッパの架空の国を舞台にして、「愛国心」や「戦争」などを、とことん笑い飛ばす。あまりに過激な内容であったため、当時は批評も興行収入も悪く、マルクス兄弟はパラマウントからMGMに移籍を余儀なくされた。のち、1960年代の学生反乱の時代に「アナーキーな映画」として熱狂的な評価を得た。

1936年

リーファー・マッドネス(ドゥエイン・エスパー)
麻薬撲滅のPR映画として製作されたが、殺人や自殺などの過激な内容から若者や麻薬中毒者の支持を得た作品。

1939年

鴛鴦歌合戦マキノ正博
正月映画のつなぎとして1週間で撮影されたオペレッタ時代劇。公開時の評価は芳しくなかったものの、半世紀ほど経ってから再評価され、カルト的人気を得た。短期間で撮影された小品であるものの、ポジティブな世界観や出演者たちの好演、早撮りで知られたマキノ正博の手腕が存分に生かされた作品として、日本映画史に残る傑作としても認知されている。


■毎日更新無料動画!
■未公開流出画像満載

[次ページ]
[オプション/リンク一覧]
[記事の検索]
[おまかせ表示]
[トップページ]
[ニュースをチェック!]
[列車運行情報]
Size:105 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki