オッターヴィオ・ファルネーゼ(Ottavio Farnese, 1521年10月9日 - 1586年9月18日)は、第2代パルマ公及びピアチェンツァ公。初代パルマ公ピエール・ルイージ・ファルネーゼと、妃ジェローラマ・オルシーニの次男として、ヴァレンターノで生まれた。祖父はローマ教皇パウルス3世である。兄は枢機卿アレッサンドロ。
1538年に神聖ローマ皇帝カール5世の庶子マルゲリータと結婚。フィレンツェ公アレッサンドロ・デ・メディチの未亡人であったマルゲリータは、この年若い花婿を非常に嫌った。しかし、1541年のアルジェでの軍事作戦でオッターヴィオが負傷して帰国すると、マルゲリータの嫌悪感が愛情に変わったという。1547年に父が暗殺されると、パルマ公国はフェランテ・ゴンザーガに占領されたため、失地回復がオッターヴィオの最初の仕事となった。
先代:
ピエール・ルイージパルマ公
1547 - 1586次代:
アレッサンドロ
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カテゴリ: イタリアの歴史関連のスタブ項目 | パルマ公 | ファルネーゼ家 | 1521年生 | 1586年没
更新日時:2008年9月22日(月)13:24
取得日時:2008/09/23 17:03