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ウサーマ・ビン=ラーディン
1957年3月10日(?) -
生年:1957年3月10日(?)
生地:サウジアラビア
思想:イスラム原理主義
活動:911テロ他多数
所属:アルカーイダ
信教:イスラム教
ウサーマ・ビン=ラーディン(????? ?? ????)ことウサーマ・ビン=ムハンマド・ビン=アワド・ビン=ラーディン(????? ?? ???? ?? ??? ?? ????、Us?ma bin Muhammad bin ?Awad bin L?din)は、アメリカ同時多発テロ事件をはじめとする数々のテロ事件の首謀者とされるサウジアラビア出身のイスラム過激派テロリスト。正確な生年は不明だが、1957年3月10日だという説がある。194cm。67kg。CIAの指名手配書によると肌はオリーブ色と表記されている。
目次
1 表記
2 概要
2.1 ラーディン一族
2.2 ムジャーヒディーン
2.3 反米
3 活動の年譜
4 ウサーマ・ビン=ラーディンとアルカーイダ
5 疑問
6 エピソード
7 脚注
8 関連項目
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日本語ではオサマ・ビンラディン (NHK、テレビ朝日など)、ウサマ・ビンラディン (日本テレビ、TBS、フジテレビ、テレビ東京など)、ウサマ・ビンラーディン(読売新聞など)などとも表記される。
なお、「ビン=ラーディン」は厳密には姓ではなく「ラーディンの子孫」という意味の添え名であるが、ウサーマの出自であるラーディンを祖とする一族の男子は共通してビン=ラーディンを添え名として名乗っており、また本人も「ビン=ラーディン」の名を用いているため、姓のある文化圏に留まらず、アラビア語圏も含め、便宜的に「家名」や彼を指し示す名前として扱われている(人名#イスラム圏の名前を参照)。
ラーディン一族は、イエメンのハドラマウト地方出身の名家(ハドラミー)で、サウジアラビアの建設業関係の財閥「サウジ・ビン=ラーディン・グループ(SBG)」を形成しており、一族の巨額な財産分与が様々な方面に流出した結果、そのいくつかがイスラム教原理主義テロ組織の資金源になっているとされる。グループは、1931年に創設され、石油ブーム時代に建築業で財を成し、メッカ及びメディナのモスクの修理を任されるほど、サウジ王室の高い信頼を得た。
現在、「サウジ・ビン=ラーディン・グループ」は、アメリカ、アジア及び欧州に多数の支部と子会社(60社以上)を有し、石油及び化学プロジェクト、遠距離通信及び衛星通信に従事している。グループは、50億ドル以上の資本を所有しており、その内、約3億ドルがウサーマの取り分だった。ウサーマは、スーダンの建設会社「アル・ヒジュラ」、イスラム銀行「アシュ・シャマリ」の支配株も保有している。これに加えて、投資財閥「タバ」を所有し、代理人を通して、ケニアに貿易会社、イエメンに器械製造会社、出版社、セラミック生産工場を監督している。
グループの特徴としては、多数のアメリカ人ビジネスマンが参加していることが挙げられ、アメリカのブッシュ大統領一家とも金銭的つながりがあり、父のムハンマド・ビン=ラーディンは元アメリカ大統領ジョージ・H・W・ブッシュとともにカーライル投資グループの大口投資家であり役員だった。また、ウサーマの兄のサーレムは現アメリカ大統領ジョージ・W・ブッシュがかつて経営していた石油会社の共同経営者である。
ウサーマは、ムハンマド・ビン=ラーディンの17子(4人の妻から全部で52子)としてサウジアラビアで生まれ育ち、キング・アブドゥルアズィーズ大学経済・管理学部を卒業後、暫くの間、クルアーンの規定の遵守を監督するシャリーア警察に勤務していた。
ソビエト連邦のアフガニスタン侵攻(1979年-1989年)時、サウジアラビアは、アフガニスタンのムスリムの抵抗を積極的に支援することに決め、王室に近かったラーディン一家に支援を要請した。