エベレスト
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この項目では、世界最高峰の山について説明しています。その他の用法については「エベレスト (曖昧さ回避)」をご覧ください。

エベレスト
北側から望むエベレスト
標高8848.86 m
所在地

ネパールサガルマタ県ソルクンブ郡

中国チベット自治区ティンリ県

位置.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯27度59分17秒 東経86度55分31秒 / 北緯27.98806度 東経86.92528度 / 27.98806; 86.92528座標: 北緯27度59分17秒 東経86度55分31秒 / 北緯27.98806度 東経86.92528度 / 27.98806; 86.92528
山系ヒマラヤ山脈
種類褶曲隆起
初登頂エドモンド・ヒラリーテンジン・ノルゲイ1953年
.mw-parser-output .locmap .od{position:absolute}.mw-parser-output .locmap .id{position:absolute;line-height:0}.mw-parser-output .locmap .l0{font-size:0;position:absolute}.mw-parser-output .locmap .pv{line-height:110%;position:absolute;text-align:center}.mw-parser-output .locmap .pl{line-height:110%;position:absolute;top:-0.75em;text-align:right}.mw-parser-output .locmap .pr{line-height:110%;position:absolute;top:-0.75em;text-align:left}.mw-parser-output .locmap .pv>div{display:inline;padding:1px}.mw-parser-output .locmap .pl>div{display:inline;padding:1px;float:right}.mw-parser-output .locmap .pr>div{display:inline;padding:1px;float:left}エベレストネパールの地図を表示エベレストチベット自治区の地図を表示エベレスト中華人民共和国の地図を表示エベレストアジアの地図を表示
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プロジェクト 山
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エベレスト(: Everest)は、ヒマラヤ山脈にある世界最高峰の山である。山頂は、ネパール中国との国境上にある。

エベレストはインド測量局 (Survey of India) で長官を務めたジョージ・エベレストにちなんで命名された。チョモランマ(チベット語: ???????????[注 1]中国語: 珠穆朗?峰)、サガルマータ(ネパール語: ???????)の名称でも知られる。

1920年代から長きにわたる挑戦の末、1953年にイギリス探検隊のメンバーでニュージーランド出身の登山家であるエドモンド・ヒラリーとネパール出身のシェルパであるテンジン・ノルゲイによって初登頂がなされた[1]

エベレストの標高については諸説あり、1954年にインド測量局が周辺12か所で測定し、その結果を平均して得られた8848 mという数値が長年一般に認められてきた。1999年、全米地理学協会はGPSによる測定値が8850 mだったと発表した[2]2020年、中国・ネパールは合同で北斗とGPSによる測定値が従来の測定値より僅かに高い8848.86 mであったと発表した[3]。厳密には地殻変動などの影響によって標高は年々変動していると考えられている[4]

エベレストの南麓に位置するネパールのサガルマータ国立公園ユネスコ世界遺産に登録されている。
名称ジョージ・エベレスト

現在、エベレストはネパールでは「サガルマータ (??????? Sagarmatha)」、中国のチベット地区やチベット人では「チョモランマ (???????????? jo mo glang ma)」、中国では珠穆朗瑪峰 (Zh?mul?ngm? F?ng) または聖母峰 (Shengm? F?ng) と呼ばれている。

エベレストの存在が初めて文献上にあらわれたのは1717年康熙帝の命令を受けてイエズス会士ジャン・バティスト・レジス (Jean-Baptiste Regis) が『皇輿全覧図』と呼ばれる中国地図を作成したときであった。そのチベット部分、現在のエベレストの位置に山の絵が描かれ「朱母郎馬阿林」(チュムランマアリン)と表記されている。この地図はレジス神父の故国フランスに送られ、それを受け取った同僚のイエズス会士ジャン=バティスト・デュ・アルドが地図製作者のジャン・バティスト・ブルギニョン・ダンヴィル (Jean-Baptiste Bourguignon d’Anville) に託し、ダンヴィルによって1735年、『中国新地図集』(Nouvel Atlas de la Chine) として出版された。ダンヴィルの地図では「チュム・ランクマ」(Tchoumou Lancma) と表記されている。これがヨーロッパに「チョモランマ」の名称が初めて紹介されたときである[5]

イギリス東インド会社は1765年以降、測量局を設けてインド各地の詳細な地図の作成を行っていた。1815年、ベンガル、ボンベイ、マドラスにあった3つの測量部が統合されてインド測量局が発足。さらに1818年8月1日にはインド大三角測量部 (The Great Trigonomentrical Survey of India) が別に設けられ、三角測量のエキスパートであるウィリアム・ラムトン (William Lambton) が部長に、28歳の士官候補生ジョージ・エベレストが主任助手に任命された。1833年に組織改編で大三角測量部がインド測量局の傘下に入り、ラムトンの逝去によってエベレストが第2代測量部長となった。1830年にはエベレストはインド測量局長官も兼務することになる[6]

エベレスト長官はインドの南岸からヒマラヤ山麓までの三角測量を終え、1843年にアンドリュー・スコット・ウォーに長官職を譲って退任した。ウォー長官の時代にヒマラヤ山脈の山々の計測が行われ、まずカンチェンジュンガが世界最高峰であると考えられた。しかし、彼らはさらに奥地にある山に興味を持った。この山は初め「ピークb」(Peak b)、次に「ピークh」(Peak h) のちに「ピーク15」(Peak XV) と呼ばれるようになる。インド測量局の主任測量士でデヘラードゥーンに駐在していたラーダナート・シクダール (Radhanath Sickdhar) がピーク15の測量を行い、海抜8840 mという標高を算定した(シクダールはエベレストが世界最高峰であると考えた最初の一人であるとされている)。ピーク15の地域はネパールとチベットに挟まれていたが、どちらの国にも入国ができなかったため、インド測量局では山の地域での呼称を確定できなかった[7]

1856年3月、ウォー長官はピーク15が8840 mでカンチェンジュンガの測量値(8582 m)よりも高く、おそらく世界最高峰であるという書簡を王立地理学協会に送付した。この書簡の中で、ピーク15の名称を「地方での呼び名は数多くあるだろうから、どれか一つを選ぶのは難しい」として、前任長官のエベレストにちなんで山の名前を「エベレスト山」(初めMont Everest、のちにMount Everest)としたいとし、以下のように述べた。尊敬する前長官のサー・ジョージ・エベレスト大佐 (Colonel Sir George Everest) は、すべての地形に現地での呼称を採用するよう、私に教えてきた。しかしこの山には、おそらく世界最高峰であろうこの山には、現地での呼称を見いだすことができなかった。もし仮にそれがあったとしても、私たちがネパールへの立ち入りを許可される前に、それが見つかることはないだろう。今のところ、この高峰を名づける特権と責任とは、同等に私に委譲されているものと思う。この山の存在が、市民と地理学者に広く知られ、文明国家に深く浸透するかは、この高峰の名称いかんにかかっているであろう

まだ存命中だったジョージ・エベレスト自身は、この名前がヒンディー語と無関係でインドの人々に発音できない名前であるとして反対し、地理学協会にその旨を書き送ったが、1856年8月に開かれたベンガル・アジア協会の会合で世界最高峰の発見が報告されたあとの9月に王立地理学協会が「エベレスト山」の名称を受け入れ、インド政庁も承認した[8]。ちなみに現在のエベレストの発音(IPA:/??v?r?st/ または /??v?r?st/ EV-er-est)と実際のジョージ・エベレストの発音(/?i?vr?st/ EAVE-rest)は異なっている。

ピーク15の名称については、ネパールに駐在した外交官ブライアン・ホジソンが1856年に地元で「デヴァドゥンガ」(Devadhunga) と呼ばれていると唱え、1907年にはインド測量局の技師ナタ・シン (Natha Singh) が地元の民が「チョー・ルンブ」(Chho Lungbhu) と呼んでいることを記録している。1909年にはエベレスト登攀のための情報収集をしていたグルカ連隊の将校チャールズ・グランヴィル・ブルース (Charles Granville Bruce) がクーンブ地方の出身のシェルパから「チョモ・ルンモ」(Chomo Lungmo) という名前を聞いている。他にも19世紀の終わりには「チョモカンカル」(Chomokangkar) というのが山の名前であるといわれたこともあったが、インド測量局は一貫して「エベレスト」の呼称を用い続けた[9]


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